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20120725 原発事故に関する討論会への招請

以下のようなテイマで討論会を招請する。コメント欄への貼り付けを期待する。その期間は、7月23日から25日までである。

3.11から約1年半経過した。しかし、東京電力株式会社福島第一原子力発電所から、放射性物質が空気中及び海上に流出している。住民は、被曝量を軽減するためにどのような配慮をすべきであろうか」。

追記1

20120723

23日現在、どんどんコメントが来ています。安心して投稿してください。なお、コメントの公開は25日以降になります。

追記2

20120725 23時

コメントを公開します。これ以後のコメントは拒絶されます。

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21世紀における第二次戊辰戦争――会津若松営業所の東京本社への反乱

20120725 21世紀における第二次戊辰戦争――会津若松営業所の東京本社への反乱

 

 会津若松は江戸時代の末期から明治へ移行期において、新政府つまり東京に叛旗を翻したことで著名である。その結果、この町は廃墟になった。それ以降もこの町は、徹底的に東京から抑圧されたことで有名である。

 しかし、この都市の潜勢力は侮りがたいものがある。東京と若松市の間には、国鉄ではないにしろ、鉄道が敷設されている。現在でも若松市は10万都市として地方の中核的役割を果たしているが、それでも往時の潜勢力をほぼ喪失している。一つの町として、東京に叛旗を翻したことは記憶にとどめられているが、21世紀において東京に対抗する町としては、ほぼその役割を終えている。

 21世紀においてある会社の会津若松営業所に「東京、ナンボノモンヤ」という気概にあふれた人がいると仮定してみよう。高度行政国家の首都としての東京、正確には東京本社からの暗黙の命令を覆そうとする愚か者は、会津若松営業所にはいないはずである。それは、第二次戊辰戦争になることが確実である。もし、そのようなことをすれば、その地方営業所は廃止に追い込まれる。にもかかわらず、会津若松営業所はその面子を保とうとして、最後まで東京本社の営業業態変換を無視しようとするのか。誰もそのようなことは願っていない。その営業所の廃止だけで十分であるからだ。その営業所の廃止は、その町にとって痛手にはなろうが、その程度である。数年後には笑い話になるだけである。愚かな営業所所長が存在し、その労働者の運命が悲惨になるだけである。

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重層的決定機構における最下部組織――東京、(実質的)道州制首都、県庁所在地、非県庁所在地との重層的関係における営業所のリストラ

20120527 重層的決定機構における最下部組織――東京、(実質的)道州制首都、県庁所在地、非県庁所在地との重層的関係における営業所のリストラ

 

 日本の著名な企業、そして行政機構もまた、東京、(実質的)道州制首都、県庁所在地、非県庁所在地の重層的な支配構造下にある。たとえば、東京、(実質的)道州制首都、県庁所在地、非県庁所在地の四者の関係を分かりやすくするために、福島県会津若松市を例にしてみよう。本稿では、この会津若松市は全国に多々ある市町村の代表として用いているにすぎない。さしあたり、会津若松市としているだけである。A都市でもよいが、わかりやすくするために、A市を会津若松市しているだけである。会津若松市に縁があるわけではない。全国どこにでもある非県庁所在地として会津若松市を事例としている。

この市の上位機構として、東京、仙台市、福島市がある。東京には多くの企業の本社がある。仙台市にはその支社が置かれる。県庁所在地である福島市には、その支店が置かれる。会津若松市には、福島支店会津若松営業所が置かれる。このような企業体は全国どこにも見られる。このような重層的関係において、会津若松市の行政、そして企業がなんらかの活動をしている。

ある組織体における東京本社から示された会津若松営業所のリストラを例にしてみよう。ここでの営業所長が馬鹿でないかぎり、本社から示された会津若松営業所改革を拒否することはない。どのような痛みを伴う改革案であれ、粛々と実施するしかない。せいぜい、酒席で憂さを晴らすだけである。

この営業所長が本社提案の営業所改革案を拒否したと仮定してみよう。この営業所改革案は、東京本店だけではなく、東北仙台支社と福島支店の了解を取っているはずである。もし、営業所長が本社提案を拒否すれば、営業所は東京本店だけではなく、東北仙台支社と福島支店にも喧嘩を売ることになる。このような馬鹿げた決定は、冷厳な経済法則を熟知するビジネスの世界では起こりようがない。しかし、このような合理性に依拠しない組織であれば、このような決定を成すことになる。

 如何に会津若松営業所の営業成績が現在良好であっても、東京本社がその10年後の営業不振を見越して改革を営業所に強制することは多々ある。営業不振に陥ったあとに、リストラしようとも遅いからだ。営業所の改革、たとえばその業務様態の転換には多くの痛みが伴う。その場合、営業所所長は、現在の好成績を理由として、その改革を拒否できるであろうか。たとえ、この営業所所長が生え抜きの会津若松営業所採用であったとしても、東京本社、仙台支社、福島支店と、営業所の営業業態をめぐる論争をする権利があろうか。会津若松営業所は、どのような苦難があろうとも改革を実施しなければならない。もし、それを拒否すれば、数年後にはその存亡が問われるはずである。もちろん、そのころには営業所長は定年後の悠々自適の生活を送っているはずである。多くの企業体では東京本社、仙台支社の命令に従っているはずである。しかし、会津若松営業所がそれを拒否することもありうる。馬鹿な所長として、営業所の総意などを持ち出して、それを拒否することもありうる。

このような営業所長は合理性に依拠してないだけではない。むしろ、道理それ自体に叛旗を翻している。もちろん、単なる営業手法に関することであれば、このような喧嘩を売ることはよい場合もあるかもしれない。しかし、リストラ提案が本社提案であるかぎり、この営業所の営業形態一般と関係している。このような重大な決定に際して、叛旗を翻す営業所長がいることは、合理性と道理そのものを弁えない組織ではありうる。別に誉めているのではない。このような営業所長に対しては、呉智英によって発見された「馬鹿につける薬」しか役立たないであろう。

 会津若松営業所がそれを拒否すれば、10年後に悲惨な運命を蒙るのは、その営業所採用の労働者である。彼らは果たして福島支店、仙台支社に移動できるのであろうか。もちろん、一部の有能な営業部員はその恩恵に与かることができる。しかし、多くの労働者の運命は過酷である。

 

20120505「分を弁える」の改稿)

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重層的決定機構における最下部組織――新学部構想をめぐる国立大学法人における学部と、役員会及び文部科学省との関係

20120526 重層的決定機構における最下部組織――新学部構想をめぐる国立大学法人における学部と、役員会及び文部科学省との関係

 

 香川大学を初め、多くの国立大学において新学部が構想されている。単科大学よりも、複数学部化された大学のほうが大学の理念に近接する。学部という選択肢が多様であればあるほど、大学、つまり総合大学に近くなる。数十年前の香川大学は、農学部、経済学部、教育学部からなる地方大学にすぎなかった。一期校と二期校があった当時は、この大学は典型的な二期校であった。まさに、戦後数多く設立された駅弁大学と揶揄される大学であった。しかし、この十数年で、法学部、医学部、工学部という近代大学にとって不可欠の学部を設立した。まさに、将来構想されている道州制の首都、高松に樹立される総合大学として相応しい大学になった。まさに、香川大学は新学部を複数設立することによって総合大学になった。

ここで香川大学の事例を離れて、新学部一般について考えてみよう。新学部が出来れば、既存の学部の改編が不可避になる。新学部の構成員がすべて新規採用人事であるはずはない。もし、そうであれば、大学教員の数が増えるだけであり、国家公務員の数が増えるだけである。もっとも、国立大学法人は独立行政法人であり、そこでの労働者は国家公務員ではない。しかし、その経営には多額の税金、運営交付金が投入されており、国家の意向と無関係ではない。国家公務員の数は減少させるが、独立行政法人の労働者の数を増大させるのであれば、国民的合意は得られない。既存学部の教員の移動を前提にしている。

 この移動に際して、個々の教員にとって多くの場合、仕事が増えると意識される。新しい学部で、その学部に応じた新しい科目を担当しなければならない。また、人員も既存の複数の学部から導入されるので、新しい人間関係が形成される。また、講義以外の業務も新たに形成される。それにもかかわらず、給料が増えることはほとんどないであろう。さらに、自分のこれまでの専門とは異なる名称の講義も担当しなければならない。自己保身の論理が高まる。

 そうであれば、大学上層部、つまり役員会によって推進される新学部構想に対して、既存学部の教員が反対することもある。とりわけ、法人化される前の国立大学教授会の権限は強大であった。その伝統が強い学部では、反対運動が起こることは容易に想像できる。しかし、大学教授は労働者にすぎない。労働者が経営方針に異を唱えることも、言論の自由があるかぎり問題ないであろう。しかし、労働者は労働者であることによって、その新学部設立の必然性を理解しているとは言い難い。多くの教授は、新学部設立が大学役員会によって恣意的になされていると誤解している。しかし、新学部設立は文科省によって領導されている。国立大学が新学部を設立するのは、文部科学省の方針である。改革という標語は少なくとも、近年の行財政改革という方針から必然的に導出されている。

しかし、労働者教授は文部科学省の了解抜きにその方針が役員会から出ていると考えている。それは、労働者の視野の矮小性を表現している。地方大学教授会は、文部科学省に論戦を挑むべきであろうか。そのような覚悟をもって、文部科学省と一戦交えることを想定しているのであろうか。多くの教授がそのような気概を保持しているとは思えない。自らの保身が大きな役割を占めている。

20120430 「分を弁える」の改稿)

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役人的世界における「社長」という隠語ーー官僚にとって責任を考える対象

20120711 役人的世界における「社長」という隠語ーー官僚にとって責任を考える対象

 

役人つまり公務員と話していると彼らの隠語として、社長という言葉が乱発される。公務員組織は、株式会社とは異なり、社長という役職をもっていない。にもかかわらず、この組織に属していない人間に対して、「うちの社長」という表現を用いる。市役所、県庁において、その発話者が課長あるいは課長級であれば、市長あるいは県知事を指す場合が多い。彼らが地方公務員の世界であれば、何らかの事柄の実質的責任者であるからだ。課長は責任者として、しばし社長に報告する義務がある。

この社長という隠語とその隠語が発される状況は、彼らにとって直属の上司が誰であるかを暗示している。課長の直接的上司は部長である。しかし、彼らにとって責任を負う主体は、その自治体の長つまり県知事あるいは市長である。

このような隠語は、うちの社という意識を暗示している。この会社が市民あるいは県民と何らかの関係を結ぶ。彼らにとって、市民や県民はどのような隠語で呼ばれているのであろうか。聞いてみたい。まさか、市民が「ゴミ」と呼ばれることは、ないであろう。もっとも、市民や県民に対して、公務員が隠語で話す機会はない。ここでは、元公務員の情報提供を待つばかりでしかない。

また、公務員が市長あるいは県知事に面会する機会がない場合は、「社長」は直属の課長を指す場合が多い。課長補佐よりも地位が低い彼らにとって、所属する課が世界のすべてである。そこでは、社長は「課長」を指す場合が多い。また、縦割り行政が明白である国家公務員の世界において、課長補佐以下の人員にとって、社長は課長を意味している。局長あるいは事務次官と面談する機会はほぼないであろうからだ。

この社長という意識は、彼らにとっての責任主体が誰かを表している。社長という意識が、その責任範囲を明示している。彼らにとって、歴史あるいは国民全体の利益という観念は生じないであろう。

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