21世紀における第二次戊辰戦争――会津若松営業所の東京本社への反乱
20120725 21世紀における第二次戊辰戦争――会津若松営業所の東京本社への反乱
会津若松は江戸時代の末期から明治へ移行期において、新政府つまり東京に叛旗を翻したことで著名である。その結果、この町は廃墟になった。それ以降もこの町は、徹底的に東京から抑圧されたことで有名である。
しかし、この都市の潜勢力は侮りがたいものがある。東京と若松市の間には、国鉄ではないにしろ、鉄道が敷設されている。現在でも若松市は10万都市として地方の中核的役割を果たしているが、それでも往時の潜勢力をほぼ喪失している。一つの町として、東京に叛旗を翻したことは記憶にとどめられているが、21世紀において東京に対抗する町としては、ほぼその役割を終えている。
21世紀においてある会社の会津若松営業所に「東京、ナンボノモンヤ」という気概にあふれた人がいると仮定してみよう。高度行政国家の首都としての東京、正確には東京本社からの暗黙の命令を覆そうとする愚か者は、会津若松営業所にはいないはずである。それは、第二次戊辰戦争になることが確実である。もし、そのようなことをすれば、その地方営業所は廃止に追い込まれる。にもかかわらず、会津若松営業所はその面子を保とうとして、最後まで東京本社の営業業態変換を無視しようとするのか。誰もそのようなことは願っていない。その営業所の廃止だけで十分であるからだ。その営業所の廃止は、その町にとって痛手にはなろうが、その程度である。数年後には笑い話になるだけである。愚かな営業所所長が存在し、その労働者の運命が悲惨になるだけである。
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