「分」を弁える――選択肢なき決定受容と必然性への洞察――営業所の業態改革への抵抗
20120513「分」を弁える――選択肢なき決定受容と必然性への洞察――営業所の業態改革への抵抗
先日のブログ記事において、地方営業所の業態変革の問題を論評した。東京本社、東北支社、福島支店総体の意思として、その業態変革が提案されている。この提案を地方営業所(たとえば会津若松営業所)は、拒否することができるのであろうか。
上位の三者に抵抗するという選択肢は、営業所にはない。そもそも、営業所は上位機関の下部機関として設定されている。そのような重層的決定機構のなかで、営業所は経済法則のうちにある。そこにあるのは、その関係における必然性に対する洞察でしかない。
もし、この必然性を営業所の特殊な欲求によって拒否しようとする場合、どのようなことが生じるのであろうか。営業所の閉鎖もその選択肢として浮上する。もちろん、このような選択肢は、選択肢とは言えない。英明な営業所長が存在しないことが、この営業所の運命を決定するかもしれない。もっとも、この営業所はそのような選択肢をそれ自体として考慮の対象にいれていないのであろうが・・・・。
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