君主制は資本の永遠性を担保する
君主制は資本の永遠性を担保する
近代国家における君主制の問題は、近代国家におけるタブーとしての身分制原理と関連している。この問題は、近代国家における中世的原理の残存という問題として処理されるべきではなく、近代固有の問題として考察されるべきである。君主制は、資本の永遠性を担保する家系的永遠性の確保のための象徴である。資本主義における社会的身分制の問題は君主の問題と関連している。資本は永遠であれねばならない。しかし、人間は有限である。この矛盾を政治的解決する方法が君主制である。君主制は永遠性を担保している。
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