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『仁義なき戦い』における小林稔侍による若衆から親分への変容――若き小林稔侍と老いた小林稔侍と対立軸における戦後精神

20111115 『仁義なき戦い』における小林稔侍による若衆から親分への変容――若き小林稔侍と老いた小林稔侍と対立軸における戦後精神

 『仁義なき戦い・頂上作戦』(1974年)において小林稔侍は、若衆であった。屋台の安いラーメンを啜りながら、敵対する山守組との抗争へと自己を高揚させていた。しかし、彼が属する組の親分は、その兵隊たちの戦争への参加意識を巧妙に利用しながら、政治決着を目指していた。老獪な親分は自分の命を賭けてまで、戦争をする気概は毛頭なかった。

 この映画では、小林稔侍等の若衆が、親分達の政治決着への意思を知ったときが思い出される。まさに、食べかけのラーメン丼をたたきつけながら、親分への怒りを爆発させる。「そげんことをしちょるけん、舐めらるんじゅんじゃ」と広島弁を駆使しながら、怒りまくる。まさに命よりも大事な組の面子を確保するために。彼にはまさに守るべき実体など何もなかった。まさに、面子のために自己の生命を犠牲にしようとした。

 しかし、『仁義なき戦い・謀殺』(2003年)において、彼は親分として銀幕に復帰する。そこでは30年の月日が流れている。かつての若衆も、全員ではないにしろ出世する人がいても不思議ではない。しかし、ここで彼は30年前に憤った対象である親分と同様にふるまう。狡猾な手段を用いて、組の二本柱を抗争させる。組の龍虎と慕われた二大幹部、高橋克典と渡辺謙を競わせ、共倒れにさせる。高橋克典は渡辺謙によって殺害され、渡辺謙は組から破門される。自分は、上部団体の幹部には媚びを売りながら、自己の地位を確保する。

 もちろん、これまでの記述は映画の配役に基づいているのであり、小林稔侍の個人的意思とは無関係である。しかし、映画の主題は普遍的である。それは戦後世界において展開された事態と無縁ではない。

 戦後日本人は、ある種の高揚感をこの60年間に喪失した。その代償として冷静に自己の利益を確定させるという性格をえた。小林稔侍だけではなく、多くの日本人がその冷静な思考様式を獲得した。しかし、この思考様式は虚妄であるかもしれない。若き小林稔侍達が老いた小林稔侍を糾弾するかもしれないからだ。

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東北地方、関東地方だけではなく、北海道東部、中部地方までの放射能汚染――九州産農産物の価格高騰

20111115 東北地方、関東地方だけではなく、北海道東部、中部地方までの放射能汚染――九州産農産物の価格高騰

『夕刊フジ』(2011.11.15)によれば、北海道東部から中国、四国地方にかけてセシウムが広範囲に沈着している。[1] この新聞がこの事実を公表したということは、多くの国民にとって驚きかもしれない。しかし、ドイツ気象庁等の情報を3月下旬から数か月間、ほぼ毎日受け取っていたものにとって驚きではない。福島県を含む東北地方、関東地方、中部地方、中国、四国地方にかけて放射性物質が流れたことは、周知の事実であった。

ただ、一般には北海道は、セシウム汚染から免れていると思われていた。この通説の虚偽性をこの記事が暴露したことは、ニュース価値があるかもしれない。東京電力株式会社福島第一原子力発電所からの放射性物質は、春から夏にかけて三陸沖を北上して、釧路、根室を通り、北方領土に流れていたことは周知の事実である。とりわけ、北海道東部の土壌、農産物、海産物が汚染されたことは、否定できない。もちろん、その汚染程度は福島県を含む東北地方、関東地方等に比べれば微々たるものであった。しかし、汚染から無縁とは言い難い。今後、この地方の汚染が問題になるはずである。事実、根釧台地で生産された牛乳からもセシウムが検出されている。[2] 北海道産であることが安全の証明ではもはやないことは、疑問の余地はないであろう。

この情報から明らかになったことは、北海道西部ならびに九州がこの汚染から免れていることだ。少なくも、この情報に依拠するかぎり、九州産の米、野菜、海産物への需要が高まり、かつその価格は高騰するであろう。もちろん、現在九州産の米等の顕著な価格上昇は見られない。しかし、数年後にはその価格上昇によって、九州産の農産物は庶民には手の届かないものとなっているかもしれない。

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