Fukushima(福島), Tsunami(津波), そしてある少女の死に関する思想史的考察――その一、序論
20110418
Fukushima(福島), Tsunami(津波), そしてある少女の死に関する思想史的考察――その一、序論
2011年の東日本大震災は日本の国民、日本という国家に大きな傷跡を残した。とりわけ、東京電力福島第一原子力発電所の爆発は、世界史に記述されるであろう。Fukushima(福島) という名前は、Hiroshima(広島)以上に、重大な犯罪が実行された場所として世界史に記述される。Fukushima は、Tokio(東京) 以上に欧州において有名になりつつある。日本の首都の名前以上に、Fukushima は、日本を代表する概念になる。もちろん、全世界に、ストロンチウム90、プルトニウム239、セシウム137等を撒き散らした主体として、欧州の国民に記憶される。悲劇ではなく、むしろ犯罪として把握される。Tepco(東京電力)は、人類に対する犯罪行為の主体として、長く記憶される。
それに対して、Tsunami(津波)による被害は、まさに天災として記憶される。数年経てば、欧州の人々の記憶から消滅する。Ofunato(大船渡)、Minamisannrikutyou(南三陸町)という地名は、少なくとも欧州の新聞ではほとんど見出されない。しかし、Fukushima と異なり、三陸沿岸の町は世界から同情の対象になる。世界から集まった義捐金は、まさにこの地方に住む悲惨な不幸に見舞われた人々に対する同情が表現されたものである。間違っても、東京電力に対する見舞金ではない。
Tsunami(津波)による被害は、涙なくしては語りえない多くの物語を生みだした。しかし、以下の数行を読んだとき、三日三晩涙が出て止まらなかった。否、安易な修辞法をここでは慎もう。この文章を書いているときですら、涙が止まらなった。次の文章は、津波によって死んだある無名の少女を発見した法医学者の感情を記述している。
「自分の娘によく似た小さな遺体を目にしたとき、涙をこらえられなかった。胸に着いていた名札から小学3年生だと分かった。大切そうに抱えていた緊急持ち出し袋には大量のレトルト食品がパンパンに詰め込まれていた。持って走るには、きっと重過ぎただろう」。1
この小学三年生の死に対して、多くの人が涙を禁じえないであろう。東京電力福島第一原子力発電所の爆発に対しては、恐怖あるいは怒りを禁じえなかった。それに対して、この津波によって小さな命を奪われた少女に対して、同情を超えた涙しか浮かばない。しかし、この悲劇――まさに悲劇として認識される――の背後には、少女が死ななくてもよかったという認識が隠されている。なぜ、この少女は死ななければならなかったのか。死ぬ必然性はなかったという認識が、隠されている。この少女の悲劇には、幾多の問題がはらまれている。それを以下で論述することによって、この無名の少女に対する墓標を建てたい。
それは、
1、人間認識論
2、防災技術論
3、近代思想
という三つの観点から記述される。以下では順を追って記述したい。
1、「嗚咽、呪い、怒りーー遺体確認の法医学者も涙した凄惨現場」『ZAKZAK』(2011年4月4日)
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110404/dms1104041555021-n1.htm (夕刊フジ)
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