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Fukushima(福島), Tsunami(津波), そしてある少女の死に関する思想史的考察――完結編

20110614

Fukushima(福島), Tsunami(津波), そしてある少女の死に関する思想史的考察――完結編

1、序論

2011年の東日本大震災は日本の国民、日本という国家に大きな傷跡を残した。とりわけ、東京電力福島第一原子力発電所の爆発(メルトダウン)は、世界史に記述されるであろう。Fukushima(福島)という名前は、Hiroshima(広島)以上に、重大な犯罪が実行された場所として世界史に記述される。Fukushima は、Tokio(東京)以上に欧州において有名になりつつある。ドイツ気象庁は315日以降、3か月以上、放射能雲の拡散情報を掲載している。もっとも、日本気象庁は5月になって初めて、その情報を国民に知らした。政府上層部はこの情報を把握したはずである。

日本の首都の名前以上に、Fukushima は、日本を代表する概念になる。もちろん、全世界にストロンチウム90、プルトニウム239、セシウム137を撒き散らした主体として、欧州の国民に記憶される。悲劇ではなく、むしろ犯罪として。Tepco(東京電力)は、人類に対する犯罪行為の主体として、長く記憶される。土下座して許されるものではない。アウシュヴィッツと並ぶ人類に対する犯罪として記憶される。

それに対して、Tsunami(津波)による被害は、まさに天災として記憶される。数年経てば、欧州の人々の記憶から消滅する。Ofunato(大船渡)、Minamisannrikutyou(南三陸町)という地名は、少なくとも欧州の新聞ではほとんど見出されない。しかし、Fukushima と異なり、三陸沿岸の町は世界から同情の対象になる。世界から集まった義捐金は、まさにこの地方に住む悲惨な不幸に見舞われた人々に対する同情が表現されたものである。

Tsunami(津波)による被害は、涙なくしては語りえない多くの物語を生みだした。しかし、以下の数行を読んだとき、三日三晩涙が出て止まらなかった。否、安易な修辞法をここでは慎もう。この文章を書いているときですら、涙が止まらなかった。次の文章は、津波によって死んだある無名の少女を発見した法医学者の感情を記述している。

「自分の娘によく似た小さな遺体を目にしたとき、涙をこらえられなかった。胸に着いていた名札から小学3年生だと分かった。大切そうに抱えていた緊急持ち出し袋には大量のレトルト食品がパンパンに詰め込まれていた。持って走るには、きっと重過ぎただろう」。[1]

 この小学三年生の死に対して、多くの人が涙を禁じえないであろう。東京電力福島第一原子力発電所の爆発に対しては、恐怖あるいは怒りを禁じえなかった。それに対して、この津波によって小さな命を奪われた少女に対して、同情を超えた涙しか浮かばない。しかし、この悲劇――まさに悲劇として認識される――の背後には、少女が死ななくてもよかったという認識が隠されている。なぜ、この少女は死ななければならなかったのか。死ぬ必然性はなかったという認識が隠されている。この少女の悲劇には、幾多の問題がはらまれている。この少女の死の意味を思想史的観点から考察したい。この無名の少女に対する墓標を建てたい。

2、人間認識論

この少女にとって人間とは何であろうか。彼女にとって、人間とは市民社会において何らかの役割を担う人間、あるいは自己の身体に限定されており、歴史的な環境世界において形成されてきた人間ではない。これは、現存する市民社会において求められた人間でしかない。市民社会的原理に従属する市民の役割意識が強化されたことによって、本来的自己と自己規制に従う活動は、疎外されている。この疎外された自己意識は、長期間教育によって肉体に浸透して第二の自然になっている。[2]

この第二の自然が解体され、自己に再領有されねばならなかった。少なくとも、この市民社会から自己同一性を反省する能力が獲得されねばならない。この少女が求められた役割は、身体を再生産するための食糧を確保することでしかない。この少女に欠けていたことは、万物への関与存在としての自己と、そこから構成された自己という認識である。市民社会による義務教育は、実利的合理性を追求している。しかし、人間はこのような現存する市民社会の合理性追求の主体に限定されてはならない。人間は歴史的な環境世界から構成されている。この環境世界は、歴史的な人間の身体、精神だけを意味しているのではない。まさに、すべての有機的連関それ自体を指示している。そこには、自然を含む環境世界から構成された万物が含まれている。

すなわち現存する市民社会において確立されるべき自己とは異なる自己が、認識されねばならかった。人間は、「自己自身を孤立としてではなく、より巨大な全体の一部として、つまり万物と深く結合していると感じる。宇宙へと連関している叢への結合展開は、・・・人間の進化の第一歩である」。[3] この新しい人間像は、現存する市民社会の合理的人間像と根本的に対立している。

このような人間像に基づくかぎり、レトルト食品という卑小な現存する身体にとってしか有用でないものに固執することはなかった。より大きな自然と歴史的な環境世界に従属する身体という認識があれば、食糧に固執することはなかった。しかし、現在の義務教育は、現存する市民社会に適合する人間を生産する場所でしかない。このよう高次の人間論を、小学生に教えることはしていない。それが、この少女の死をもたらした。

3、自然論

このような人間論には、以下のような近代の自然認識がある。近代は自然に対する支配力を拡大させた。たとえば、ウラン鉱石を加工することによって燃料用ウランを取り出し、核分裂させた。それによって、発電することに成功した。人間は自然を制御可能であると認識していた。この幻想は、東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故によって木端微塵に吹き飛ばされた。ストロンチウム90、プルトニウム239を空間に、そして地下水に拡散させることによって、自らの環境世界を汚染した。この汚染は環境世界の汚染にとどまることなく、人間の身体そして精神までも汚染するであろう。

しかし、近代人の日常意識は、自然を克服したという幻想から自由ではない。この錯誤した日常意識が、本来的な自然の驚異、たとえば津波に遭遇したときにどのような態度表明をするのであろうか。少なくとも制御可能とみなしている自己の身体と制御不可能な本来的自然を同一視する。食品と自然が同一視され、食品の保持が自然の脅威よりも、より重大であるかのような幻想を抱く。

自己の存在が歴史的な環境世界にあることを認識していれば、そのなかで対処できたはずである。古代以来の人間は、そのように対応してきたはずである。近代以前の人間は、食料が一時的に枯渇しても、対応しなければならない状況を知っていた。近代人のみが、人間的自然と自然それ自体を等値してきた。この大いなる力のもとでしか人間は生存できない。この厳然たる事実を津波は我々近代人に示した。我々近代人は、この歴史的な環境世界に存在することを認識の出発点にすべきである。


[1] 「嗚咽、呪い、怒り――遺体確認の法医学者も涙した凄惨現場」『ZAKZAK』(201144日)

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110404/dms1104041555021-n1.htm (夕刊フジ)

[2] Vgl. W. Klehm u. P. Ziebach: Konzepte zugehender Bildungsarbeit: Das Modell „ Zwischen Arbeit und Ruhestand“.  In: Hrsg. v. S. Kühnert: Qualifizierung und Professionalisierung in der Altenarbeit. Hannover 1995, S. 212.

[3] F. Vaughan: Die transpersonale Perspektive. In: Hrsg. v. S. Graf: Alte Weisheit und modernes Denken. Spirituelle Traditionen in Ost und West im Dialog mit der neuen Wissenschaft. München 1986, S. 208.

4、補論

 近代の時代認識とは無関係であるが、この少女の死にはあまりに無知な防災意識があった。ここでは、防災技術論として、「緊急持ち出し袋」に限定して述べてみたい。この袋は、緊急に自宅から脱出するさいに、必要なものである。津波、地震等壊滅的被害が想定される場合に持ち出すものである。したがって、預金通帳、あるいは身分証明書、現金等の最低限、市民社会において必要とされるものである。しかも、自家用車による避難の場合を除けば、人間の手によって運搬可能なものでなければならない。しかも、それを持って走ることが想定されている。このような前提があれば、その持ち物は限定される。しかも、小学校以下の幼児であれば、このような家族にとって重要なものを持ち出す必要はない。2日分の自分の着替えで十分である。その着替えも、セーター、ワイシャツ類ではなく、下着だけで十分である。

 しかし、多くの幼児は、この以外に多くのものを持ち出しがちである。中には、玩具、御人形類を持ち出そうする幼児もいるであろう。また、自分の貯金箱、つまり10円玉、100円硬貨がぎっしり入った貯金箱を避難袋に入れようとする児童もいるかもしれない。これは、総額が数万円を超える場合、かなりの重量になる。父兄が紙幣に交換の上、避難袋に入れるべきであろう。5万円分を10円硬貨で換算すると、5000個になる。5000個の10円硬貨は10キログラムを超えることになろう(正確には10円硬貨1個は45グラムであり、225キロになる)。幼児が持参する袋が破損する場合もある。とても、幼児、あるいは大人ですら持参できない。

 彼女が持参しようとしたレトルト食品等の食糧はどうであろうか。それは、停電等で自宅避難する場合に、必要なものである。緊急に持ち出す必要はない。緊急持ち出し袋とは、差し迫る危機に対して、持参するものである。数日分の食糧を持参するなどは、大人でも無理である。水もそうである。水、食料等は自宅に保管すべきものだ。命と金があれば、資本主義体制が維持されているかぎり、ほとんど問題はない。都市部の避難所に行けば、最低限の水等は確保されるであろう。よしんば、確保できないと想定しても、それを持って走って避難することはそもそも不可能である。その瞬間の生と財産だけで十分だ。

 また、袋はどのような形態であろうか。もっとも望ましい形態は、リュクサックである。走る、あるいは長時間歩く場合に、もっとも適した袋は背中に背負う形式である。抱えて持たねばならない形態は、ふさわしくない。さらに、靴は歩くという行為にふさわしい運動靴が最高である。雨、雪の場合はそれにふさわしい靴があるはずだ。それぞれの地方、天候に応じた靴を日ごろから用意すべきある。

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