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風評と評判――東北地方南部、関東12都県の農産物の風評被害

20110628 風評と評判――東北地方南部、関東12都県の農産物の風評被害

 風評は否定的評価であり、評判は肯定的評価である。そのどちらも確定的数字に基づいているのではない。ある種の伝聞情報に基づいている。しかし、全く根拠のないものではない。それは、品質、広告、伝統等様々な観点から構成されている。しかし、一度でもその品質が良い意味でも、悪い意味でも世間に喧伝されると、その評価はしばらく継続する。

 たとえば、中国産餃子を例にとろう。数年前、中国のある企業によって生産された餃子から、毒物が検出された。JT(日本たばこ産業)の関連企業によって生産された餃子であった。しかし、その企業だけではなく、中国の企業で生産された餃子に対する評価が一変した。すべての中国産餃子の売り上げが減少した。さらに、この国の餃子だけではなく、加工食品一般、そして農産物一般に対する評価が下落した。これは、明らかに風評被害であった。しかし、この事実をもって風評被害であると喧伝するマス・メディアは少なかった。

 同様に、宮内庁御用達という看板があれば、その商品は良いものとされる。ほとんどの人がその品質を吟味することなく、高い評価を与える。これを評判とみなすことができる。

 風評も評判も、その商品に対する哲学的根拠ではないが、ある種の根拠に基づいている。現在、福島県だけではなく、東北地方南部、関東の土壌から生産された農産物が風評被害にあっていると言う。おそらく、EU(欧州共同体)がこれらの地方の農産物に対する放射能汚染に関する検査証明を要求していることと無関係ではない。少なくとも、商品市場でその価格が西日本産の農産物と比較して、商品価値が下落している。茨城県産の苺と宮崎県産の苺を例にとろう。品質と価格がほぼ同一であれば、消費者はどちらの苺を選択するであろうか。その消費者は風評に基づいて行動していると非難されるべきであろうか。少なくとも、3月から4月にかけて膨大な量の放射性物質、たとえばセシウム等がこの地域に降り注いだ。この事実は少なくとも数カ月経過したくらいでは消え去ることはないであろう。

 必要なことは、風評被害にあっていると消費者を非難することではない。サンプル検査だけではなく、全量検査をした商品を市場に供給することである。セシウム、ストロンチュウム等の値がゼロであれば、消費者も納得してその商品を購入するであろう。

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