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20ミリシーベルトの合理的根拠――役人的合理性と非合法性

2011050820ミリシーベルトの合理的根拠――役人的合理性と非合法性」

『朝日新聞』(2011420日)によれば、「福島第一原発事故を受けて、文部科学省は19日、福島県内の小中学校や幼稚園などの暫定的な利用基準を公表した。校舎や校庭を利用できるか判断する目安として、年間被曝(ひばく)量が20ミリシーベルトを超えないようにし、校庭の放射線量が毎時3.8マイクロシーベルト以上では屋外活動を制限することとした」。[1] 一般市民の外部被曝の上限を年間20ミリシーベルトにした。この数字自体は、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準に基づくとされる。しかし、この国際基準では「1-20ミリシーベルト」の間でしかなく、20という数字自身の根拠にはならない。また、食品、水等の摂取による内部被曝、呼吸による内部被曝は考慮されておらず、明らかに問題が多いであろう。その点に関しては多くのジャーナリズム等で批判的に考察されており、ここではそれに触れるだけにとどめておこう。

本ブログで問題にするのは、20という数字である。国際放射線防護委員会(ICRP)の国際的暫定基準「1-20ミリシーベルト」のうちでなぜ、20ミリシーベルト/年が選択されたのかという問題に触れてみよう。それは、役人にとって合理的根拠があるからだ。

従来の基準では、一般市民の年間被曝量は、1ミリシーベルト/年であった。この基準自体は、法的根拠がある。一般市民の基準値は、合法的根拠を持っている。暫定基準値は、特殊な人間つまり放射線管理区域において労働する人間の基準値すら超えている。管理区域、たとえばレントゲン検査室における年間被曝基準は5ミリシーベルトである。管理区域で労働する時間は限定されている。管理区域内で食事をすること、就寝すること等は禁止されている。況や、この区域で子育てをすることはありえない。それさえも超えている。

このような超法規的措置、すなわち非合法的措置を政府、文部科学省が法的改正手続を経ずに、決定したことは問題がある。この決定過程において、原子力安全委員会はどのような議論をしたのか。また、法を逸脱する決定がなぜ、政府によってなされたのか。それは政治学の問題である。

さらに、役人はなぜ、このような法治国家の限界を超えた措置を講ずることになったのか。なぜ、20倍もの被曝基準を設定できるか。おそらく、それは317日に実施された食物摂取基準の変更と関連している。厚生労働省医薬食品局食品安全部長通知(平成23317日付、食安発03173号)が問題になる。317日以前では、水、牛乳等におけるセシウム137の基準値は10ベクレル/1Kgであった。[2] しかし、現在では、200ベクレル/1Kg20倍に跳ね上がっている。317日以前の基準では、一般市民の年間被曝量は、1ミリシーベルトであった。それに基づいて、セシウム137の摂取基準が設定されていた。317日以降はその基準が20倍になった。基準値を上げなければ、多くの商品の販売が不可能になるからであろう。それとの整合性を考慮したはずである。あるいは、政府は317日に、これまでの基準をすべて20倍にするという決定を下していたのかもしれない。ここで20倍という数字は、多くの通達、少なくとも厚生労働省部長通知との整合性を持っている。

しかし、このような決定が現在の法体系と矛盾することになぜ、役人は気づかないであろうか。年間被曝量20ミリシーベルトという設定は、他の諸通達との整合性を持つ。しかし、合法性という法治国家の原則から逸脱している。

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