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討論会ーー景観条例

 景観条例に関する討論会を開催します。コメント欄にお願いします。なお、このコメントは、27日以後公開されます。安心して、投稿してください。27日までは公開されません。

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討論会ーー法治国家と社会国家

 初期近代における法治国家的原理と後期近代における社会国家的原理に関する討論会を開催します。コメント欄にお願いします。

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討論会ーー裁判

 裁判員制度が開始されている。このブログでは、裁判を傍聴した人、あるいは裁判員になった人のコメントを募集する。500字程度で、コメント欄に貼り付けることを希望する。締め切りは、12月20日である。

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思想と現実ーー前期近代と後期近代

 

1848年――1968

ブルーノ・バウアーの三月前期における前期近代と後期近代の経験

 ドイツ思想史における1848年という位置は、世界的水準での近代史における1968年と近接している。1968年において、世界的規模で近代の揚棄が問題になり、若者を中心とした世界変革が問題になった。政治的行動と政治的変革が同一視された幸福な時期であった。また、それは、近代史における最後の暴力革命への社会的承認であった。多くの近代国家は、その発生史において暴力革命を経験している。しかし、一端成立した近代国家は、自らに対する暴力革命を否定した。その最後の経験が1968年革命とその敗北である。1968年以前において近代の揚棄とその方法論が議論されていた。それ以後、その問題設定そのものが無効になる。大衆社会の出現である。そこでは、大衆の個人的な私的利益への充足が課題になった。

 同様な役割をドイツ思想史において1848年が果たす。ドイツ1848年革命以前、つまりドイツ三月前期における思想的課題は、来るべき近代をどのように概念化するかという点にあった。ブルーノ・バウアーもこの点において一定の寄与をなしている。しかし、彼は1844年以降、この思想の非実現性を思想の中心的課題にすえた。そして、1848年革命以後、この思想的設定そのものを放棄する。

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馬鹿役人の責任ーー悠々自適な年金生活

   昭和30年代における公安委員会の決定、路面電車路線内への車両通行許可に関する指摘もあった。おそらく、線路内における自家用車通行許可によって、交通渋滞を緩和するという目的で導入されたのであろう。馬鹿役人の考えそうなことである。それ自体もっともそうな理由をつけて、より大きな害悪をもたらす。これによって、路面者の定時性は破壊され、その廃棄につながった。その責任を取るべき役人は、すでに退職しているか、鬼籍に入っている。知らぬ存ぜぬである。悠々自適の毎日であろう。慶賀申し上げるだけである。あるいは、天下って、退職金の計算をしているのかもしれない。

 しかし、その当時にも、馬鹿役人だけが存在していたわけではない。路面電車の定時性破壊に関する懸念を表明した役人もいたにちがいない。しかし、彼らは、以下の理由で白眼視されたことは想像可能である。曰く、全国の潮流を理解していない。あるいは交通渋滞をどのようにするのか、回答しろ。

 このような批判に彼らは応えることはできない。交通渋滞緩和というミクロ的合理性に対抗できないからだ。そして、自説に固執しているかぎり、仲間外れにされ、主流ポストからは外れる。天下りも夢で終わったかもしれない。

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公共交通に関するメモランダム

 討論会に参加していただき感謝する。とりわけ、以下のことは、興味深い。

1、ドレスデンにおける貨車専門の路面電車車両の存在は、興味深い。VWの工場への物資移送の目的で作成された路面電車である。コンテナに対応している。

2、ヘルシンキにおける路面電車の特色は、、終点を行き止まりにすることなく、ループ化することによって、路面電車車両における運転台を一つにしていることであろう。電車内のスペイスを拡大することによって、乳母車、身体障害者用の福祉道具置き場にすることができる。また、単純に乗車可能人数を拡大することも可能になる。また、運転手が移動することもなく、輸送時間も減少させることもできる。

 また、運転台を一個にすることによって、電車の購入コスト、維持コストも減少させることができよう。

3、昭和30年代における公安委員会の決定、路面電車路線内への車両通行許可に関する指摘もあった。おそらく、線路内における自家用車通行許可によって、交通渋滞を緩和するという目的で導入されたのであろう。馬鹿役人の考えそうなことである。それ自体もっともそうな理由をつけて、より大きな害悪をもたらす。これによって、路面者の定時性は破壊され、その廃棄につながった。その責任を取るべき役人は、すでに退職しているか、鬼籍に入っている。知らぬ存ぜぬである。悠々自適の毎日であろう。慶賀申し上げるだけである。

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