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個性、あるいはこだわり、そして頑固

 金使いが荒く、博打はなんでもござれ、借金もあまたあり、酒癖も悪い。家庭内暴力もまれではない。このような人間に対する社会的評価は、かなり低い。しかし、このような人間であっても、配偶者、あるいは恋人がいたりする。

 この恋人にとって、生活で苦労することは自明である。日常的には、楽しいこともあまりなさそうである。親戚からも、友人からも、別れろと催促されている。しかし、彼女にはその社会的評価が低い人間に対する何らかのこだわりがある。

 また、社会的にそれなり評価を受けている人間にも、そのような拘りがある。たとえば、日本のある学会において、ある論文を公表すれば、その学会から嘲笑を受けることが事前に了解されていても、そのような行為を止めることができない。このような衝動を抑えることが、自己の存在意義を否定することにつながるからだ。このような研究を他の学会、あるいは欧米の学会で公表すれば、日本の学会とは異なる評価をうけることもある。その拘りをなくすことは、その研究者の個性を破壊してしまう。

 しかし、このようなこだわりに固執することは、その人間の個性である。親戚内の評価、世間的評価とは別の基準をその人間が持つならば、それが個性である。

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鳩山総理と軍事

 後期近代において軍隊、自衛隊を「穀つぶし」、つまり無駄飯食らいと非難する論客は減少してきた。その意味で、安全保障の問題が冷静に議論されることになった。このことによって、日本は通常の近代国家、つまり普通の国になった。

 しかし、軍隊の本質は、人間の生命、財産を破壊することにその本質があるが、この本質的議論は、今回の鳩山総理の辞任劇から排除されたままである。国家がそのような行為をすることを正当化される根拠については、議論の対象外とされたままである。

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記者クラブ制度の問題点

 記者クラブ制度が問題になっている。中央官庁の情報を加工せずに、そのまま流しているではないか、という疑惑が問題になっている。また、このクラブに属していないマス・メディアを排除しているという疑惑である。巨大マス・メディアと行政機構が一種の癒着構造にある。とりわけ、野中元官房長官が暴露した巨大マス・メディアの政治部記者に対する利益供与も、その温床になったのが、記者クラブ制度と言われている。

 しかし、新聞記者がその記事を執筆する空間は必要であろう。その場所を提供することは、必ずしも悪いことではない。そのあたりに、解決策もあるのかもしれない。誰もが利用できる空間として再整備すべきであろう。 

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討論会の終了

 討論会を本日をもって終了しました。これ以後は受け付けられません。コメントは削除されます。ありがとうございました。様々な意見は詳細に再検討されます。

 また、機会がありましたら、このような場所を設定しようと考えています。その節には、よろしくお願いします。

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鳩山総理の辞任と政策の放棄

 鳩山総理と小沢幹事長ーー役職名は数日前のものを使用するーーが辞任した。鳩山総理の辞任会見を読むかぎり、沖縄の米軍基地問題と政治資金問題が辞任の鍵になったようである。鳩山総理は、政権交代以前から、「駐留なき日米安保」を主張し、基地撤去に積極的であったことは疑い得ない。しかし、この主張は、これまでの米軍基地設置による利益構造、つまり1945年の敗戦以来65年間継続してきた占領軍の意向を無視するものであった。60年以上の米占領軍は、本州にいるかぎりほとんど国民の意識から除外されている。

 しかし、半世紀以上、日本の政治を規定してきた要素は、アメリカ政府だけではなく、日本国内においてそれを支持し、それに依存する勢力である。その重要な要素の一つが、高級官僚群である。この二人の政治家は、この要素を破壊しようとした。あるいは、修正しようとしたことは事実である。しかし、彼らは、政治資金規正法違反という国策捜査によって敗北した。少なくとも、鳩山総理は、政権交代以前の自ら理想、「友愛」を破壊した。

 小沢幹事長の場合は、このような捜査において不起訴処分を受けたにも関わらず、政治資金の不透明性を指摘され続けている。朝日新聞等によれば、旧来の自民党的な「古い政治」の象徴とされ、辞任以後も攻撃対象にされている。しかし、彼は米軍基地撤去という政策を放棄したわけでない。微妙である。

 鳩山総理は、みずからの政策を否定し、旧勢力と妥協し、まさに旧来型の政治に逆戻りした。普天間基地の辺野古移転というアメリカ政府と自民党との約束を旧来とおり踏襲するという敗北を認めた。 

 この選択はなぜであろうか。彼も小沢幹事長と同様に政治資金規正法違反を問題にした。しかし、彼の場合、この問題は大きくならず、沈静化した。そこで、何かの政治的行為があったずである。

 惜しむらくは、彼がその理念を実現しようとしなかったことである。いみじくも、中曽根元総理が「今の政治家ーー鳩山総理を指すーーが凶弾に倒れることを恐れている」と言ったようである。凶弾とは物理的な暴力だけではない。政治的脅迫ーー政治資金規正法違反もまたその類である。

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討論会の召請

 鳩山総理はなぜ辞任したのか、に関する討論会を召請します。御意見があれば、コメント欄にお願いします。

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宗教国家としての戦前の日本国家ーー後期近代におけるその消滅

 遅れてきた近代革命である日本革命、明治維新において、形式上は古代国家的な王政復古、つまり天皇親政という宗教的形式を伴っていた。神の国の実現という形式のもとで近代革命が遂行された。この宗教国家は社会的、政治的に必然であった。天皇制の基礎にあった神社信仰は、国民の生活に基礎づけられていた。抽象的な天皇崇拝は、生活上の神社信仰において具現化されていた。

 戦前の日本における神社は農耕上の祭祀の中心であっただけではなく、政治、社会的な公共的連帯を実現する場所であった。また、個人史における様々なイニシエーション、つまり誕生の際の初宮参り、乳児から幼児への移行を示す七五三、結婚等の際の儀式の中心的役割を担っていた。村落共同体における宮司は、直接的に氏子である農民と関係していた。

国民生活の基礎にあった神道という宗教的体系の頂点が天皇と関連していた。様々の神の頂点に位置している神は、天照大神である。天照大神の子孫である天皇は、その神社信仰と重複された形で存立していた。初代天皇たる神武天皇は、神である天照大神(アマテラスオオミカミ)の6代目の子孫である。もちろん、これは『古事記』、『日本書紀』に基づく神話的世界に属している。神武天皇は、神と人間との橋渡しをなし、神ではない初代の人間の天皇である。天皇はこの神武天皇の子孫であるという神話のもとで、天皇たりえた。

このような神話は、初期近代(主として明治、大正時代)が一種の宗教国家であったことを示している。この神話は戦前の高揚期を除いて、後期近代において消滅している。この神話が成立するための神社信仰は、後期近代においてはほぼ消滅している。それは、観光名所としての神社への小旅行として残存しているだけである。

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初期近代におけるイギリス標準ーーなぜ、イギリス革命が問題になるのか。

イギリスの軍事力、とりわけ海軍力による世界制覇が17世紀から20世紀前半まで進展する。イギリスへの富の集中が近代革命の基礎にある。ちなみにイギリス海軍の世界制覇は、1939年第二次世界大戦の勃発まで継続する。アジアでは、1942年シンガポール陥落までその覇権は維持される。アジアにおけるイギリス艦隊に勝利したのは、日本帝国海軍であった。あた、制空権は、ナチスドイツによる1942年のロンドン空爆まで継続した。

このような軍事的支配力ならびに経済的支配力によって、イギリス的な政治、経済、文化様式が世界的基準になり、イギリスの事柄が世界の基礎知識になる。イギリスの標準が世界標準になる。特殊イギリス的なものが、世界的普遍性に転化する。それは、現在米国標準が世界標準になっていることと同様である。

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