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北海道新幹線 新函館駅建設予定地ーー農地を破壊し、道路を建設する

 整備新幹線、北海道新幹線、新函館駅建設予定地、渡島大野駅に降りてみました。駅のトイレがポッタン式でした。下水道がどのようになっているのか、心配になりました。駅周辺は平野部で雪も深く、函館市街地に比べると2,3度低く感じました。雪もまだ5-10センチほど積もっていました。市街地では、現在、雪はありません。

 田畑を道路にして、近郊は商業施設がもっと乱立するのでしょう。日本は農地を破壊することに躊躇ありません。食料自給率が低下するのも当然でしょう。道路を再農地化するのはほとんど無理でしょう。

 また、駅周辺の区画整理で多くの人が転居を余儀なくされます。もし、在来線函館駅を新幹線新駅にするのであれば、それほど問題にはならなかったはずですが・・・・。もちろん、高架線路を建設する費用は、農地を破壊するほうが安価でしょう。国土交通省はその点をどのように考えていたのでしょうか。

 

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貨物新幹線?整備新幹線新駅建設における都心部からのアクセス

 整備新幹線の建設によって在来線がJR各社から経営分離される。しかし、その新駅が在来線の旧市街地から極端に遠い場合、そのアクセスの中心は、鉄道ではなく、道路網が中心になっている。在来線の使用はその主要なものではなくなっている。なぜ、鉄道で地方都市にくる人間を、鉄道によって旧市街地に輸送するのではなく、自家用車、バス等によって輸送しようとしているのか。なぜ、高規格道路、高速道路が整備されるのか。この整備された道路にそって、多くの商業施設が建設されるにもかかわらず、この政策を各地方自治体は推進している。

 新幹線新駅建設によって、旧市街を破壊すること目的にしているとしか考えられない。新幹線によって運ばれてくるのは、貨物ではなく、人員でしかない。もちろん、小さな貨物は運搬可能であろうが、貨物コンテナ1、000個を運搬しようとしているのではない。

 旧市街地では伝統ある百貨店の廃業が話題になっている。その原因の一つは、高規格道路の建設による市街地の拡散である。端的に言えば、行政によって、旧市街地の衰亡、百貨店の廃業が促進されている。にもかかわらず、行政がその存続のための署名運動の先頭に立ち、市街地の「活性化」を唱えているのは滑稽を通り越し、馬鹿げたことである。マッチポンプと言われても仕方がない。

 

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可能性の限界内における可能性ーー大麻に唯一の可能性を見出す馬鹿

 本ブログにおいて、無限の可能性を自己に投影することの無意味さを常に考えてきた。自己の芸術的才能を信じるニート、あるいは研究者を目指す元大学院生が、無限の時間を前提にしていることを常に指摘してきた。

 しかし、本記事ではその逆も指摘しておこう。つまり、つまり限定された時間と能力においてもその中ではかなりの可能性が残されていることがあるからだ。それに気づかない場合も多い。

 ここでは大麻を例にしてみよう。人間社会は多くの嗜好品を伝統的に許容してきた。大麻に至る段階において、珈琲、酒、煙草等過剰摂取すれば問題になるが、過剰に摂取しない限りそれほど問題にはならない嗜好品を提供してきた。

 それはそれ自身を肯定してきたと同時に、社会の存立を危険に陥れる対象から分離させることを目的にしてきた。大麻、覚醒剤等の嗜好品が人間の健康だけではなく、社会そのものを破壊する要素があるからだ。煙草を吸って、刃物を持ち、殺人を犯す危険性は極端に少ない。もちろん、酒を飲み、刃物を持ち出す可能性は煙草よりも多いが、覚醒剤はその比ではない。

社会は大麻に至るまでに多くの段階における嗜好品を準備している。この段階を無視して、大麻に至る馬鹿が多い。おそらく、国内における大麻使用率は摘発されている以上であろう。未成年の場合、その報道は抑制される傾向にあるからだ。

 大麻に至るまでに、酒を飲み、煙草を吸うべきだ。紙煙草で満足できなければ、葉巻を吸えばよい。嗜好品を大麻に限定するような馬鹿なことは慎むべきであろう。大麻に至るまでにその段階を踏まえるべきであろう。

 

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