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エアフルトの路面電車ーー自動車の排気ガスなき市街地

エアフルトはドイツ連邦共和国チュウリンゲン州の首都である。この州はドイツ中部に位置しており、旧ドイツ民主共和国に属していた。ドイツの地政学上の中心的都市である。この州には、ゲラ等の工業地帯と同時に、ヴァイマール等の歴史的に重要な都市を含んでいる。この事実がこの州、そしてエアフルトの街の存立構造を規定することになる。

まず、工業化と町の存立構造との関連性から考察しみよう。この地域では、19世紀中葉から工業化が始まり、その後の国家社会主義、社会主義時代を通じてその形態は変化しなかった。そこでは、20世紀中葉以降において環境問題に配慮しない工業化が推し進められ、前世紀末、つまり社会主義政権末期においてその問題は大きな国内問題になった。多くの子供が疎開に似た形で工業地域から排除され、市民は大きなマスクをして工場へと向かった。社会主義政権に対する非難は様々な視角から可能であるが、生産主義に陥り、環境問題への配慮が少なかったこともその原因の一つであろう。首都東ベルリンは清潔で、かつ物資の供給も豊富であったが、地方、とりわけ戦前からの工業地帯における環境破壊は誰の目にも明らかであった。

次に、歴史性に言及してみよう。この州にはエアフルト、ヴァイマール、イエナ等ドイツの近代史に登場する歴史的伝統を有している都市が多数ある。これらの都市は工業都市だけではなく、有数の観光都市であり、かつ大学都市でもある。環境問題には敏感である。

この二つの要素がエアフルトの交通政策にも反映される。とりわけ、興味深いことは、町の中心部の旧市街において、自家用車の進入が制限されていることである。もちろん、貨物搬入用車両、緊急車両等の特別な許可を持つ車両は別であるが、一般車両は原則的に市街地から排除されている。しかし、都市住民、観光客にとって不便はほとんど感じない。多くの駐車場が市街地周辺に準備されており、かつ路面電車が縦横に走っているからだ。しかも、写真からからも分かるように大型車両による4両編成が珍しくない。ガソリンの排気ガスを吸引する危険から都市住民と観光客が免れているからだ。彼らは、路面電車と徒歩によって市街地散策が可能になっている。

http://de.wikipedia.org/wiki/Erfurt

参照:Blog4 

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路面電車」カテゴリの記事

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中米のコスタリカの交通事情に目を向けてみようと思う。このコスタリカという国は「中米のスイス」「中米の楽園」とも呼ばれ、日本と同じ軍隊のない国として認知されている。美人大国3Cの一つであり(コスタリカ・チリ・コロンビア)とよばれ大自然に囲まれた美しい国だ。私は13年前にここに住んでいたことがあり、去年の暮れから今年のはじめにかけて二週間滞在した。そこでは、13年前とはあ違って、バスが増えていた。そこで、どんな交通事情なのか見ていこうと思う。
コスタリカは、昔は首都サンホセから鉄道がでていたが、バスに客を取られて廃業してしまった。しかし、今でも線路は存在している。なくなった他の理由としては、「高くて時間に正確な鉄道」より「不正確でも安いバス」が支持されたためである。どれぐらい安いかというと、だいたい一律160コロン(日本円で30円程度)であり、とても格安。であるから、庶民の足となるバスはこれからも活躍するであろう。そして、この国はバス会社がない。それは、企業や個人がバスの路線を買うからである。要するに、自分がここにバスを走らせたいとして権利を買うとどんなところでも走らせることができるのだ。同じバスでも雇われ先がそれぞれ違ってくることになる。
なぜかこの国のバスはドアを開けたまま走るのが当たり前になっている。理由はとにかく乗りたいときに乗る、降りたいときに楽に降りるといった考えからこうなったらしい。そして、前払いや後払いも自由で、バス停が必ずあるとも限らないため自分で運転手に言えばどこでもおろしてくれる。そして、バス停もほとんどないため決められたバス路線沿いで手を挙げてバスに乗る方法をとっている。一応の経路はあるが、バスのフロントガラスに紙で目的地と料金が書いてあるのが多い。よって日本人には向かないし、スペイン語がわからなければ厳しいといえる。ただ、早朝から深夜までバスが何本も走っているためいつでもいきたいところまでいけるのが現地の人には大助かりである。そして、市外から離れて人がいなそうな所にもバスはいく。とにかく日本人と違って時間に迫られた生活をしていないので、このような形になっていても問題ないのだ。運転手も車内放送はしないし、飲食はするし、音楽はガンガンかけていて、自由がきく仕事だ。そして、かなり車のマナーが悪い。少しでももたつく車があればみな催促するかのようにクラクションを何度も鳴らすのだ。慣れてくると挨拶に聞こえる。(笑)
道路は右側通行で、左ハンドルで日本車もなかなか多い。さらに、赤信号でも右折に限りは注意していくなら良いのだ。一部渋滞になりやすい場所は、交差点の代わりに「ロトンダ」(ロータリー)というもので交通緩和やスムーズな方向転換ができるようになっている。
2008年から、交通渋滞緩和と地球温暖化の防止のために政府は首都サンホセに限りナンバー規制が始まった。これは曜日ごとに決められたナンバーの末尾の車が首都でのみ走れなくなったということだ。平日の5日間を1~0までの10の数字の2つずつ順番に規制している。でも、これでかなりの車の渋滞緩和になっていると一ヶ月前に、現地で働く日本人旅行会社の方から話を聞く機会があった。交通警察に見つかると罰金になるが日本円で1000円というところが不思議。さらに、交通違反にも二年の時効があるというのも驚きだ。
日本の常識とはかけ離れたバス事情であるが、私はそこの国のシステムが良いのかというのは現地の人が決めることであるので、彼らが納得しているのであれば、良いと思う。ただ、調べているうちに興味深かったのが、交通を知ればその国の様子がわかると言うことだ。日本は言うなれば、時間の正確性や利便性を常に求めているが、コスタリカでは移動自体も楽しみの時間の一つなのだ。ゆったりとした時間のなかで今日も彼らはバスに乗っている。

投稿: バレー大好き | 2010年2月 4日 (木) 08時13分

16世紀頃から17世紀前半までの約80年間はスペインが繁栄した時期であり、スペイン史上「黄金の世紀」や、「太陽の沈まない国」とまで言われていた。が、その後徐々に衰退し、19世紀には西欧で最貧国となった。経済発展は遅れていて政治的にも不安定であったため、鉄道の出現は比較的遅かった。スペイン帝国の一部であったキューバでは既に鉄道が敷設されていたが、イベリア半島に建設された最初の鉄道路線は1848年に開業したバルセロナからマタロまでの短い路線である。その後、外国資本による鉄道投資を魅力的にする法案が1850年代に可決されると、大規模な鉄道建設が始まった。不幸な事として、世界的に標準とされていない広軌で鉄道を建設するという初期の決定が挙げられる。一説には、この軌間選択には1850年代の隣国フランスへの敵意が影響していると信じられている (スペインの鉄道をフランスのものと異なる軌間にすればフランスの侵入を防げると信じられていた)。また、この決定はスペインの地理とも大きく関係している。スペイン本土は高原や山地(ピレネー山脈やシエラネバダ山脈)に覆われている。この厳しい峠を越えることの出来る、大きめの蒸気機関車に対応する為になされたとする説もある。
この決定は国際貿易を妨げ、また高い鉄道建設の原因として、次世代に後悔された。広範的な広軌路線を別として、北海岸を中心とした山がちな地域では大規模な狭軌鉄道網が建設された。そしてこの地域には狭軌がもっとも適した選択であった
スペインは、日本の約1.3倍の面積を持っており、鉄道網は約14300kmに及んでいる。主要幹線は1870年代までにおおよそ完成した。面積においてスペインはイギリスの約2.5倍であるが、鉄道はおよそ3,000 km短いことからわかるように、最近までのスペインの相対的経済開発不足により、スペインの鉄道網は多くのヨーロッパの国々のように大規模には決して成長しなかった。
1930年代のスペイン内戦中、鉄道網は広範囲にわたって被害を受けた。内戦終結後、フランコ政権はただちに広軌鉄道網を国有化し、1941年にレンフェ Renfe (正式名称:Renfe Operadora)を設立した。鉄道が戦争被害から回復するには何年も掛かっており、ようやく1975年のフランコ政権体制の終結及びスペインの国際的孤立からの脱出によって初めて、スペインの鉄道は近代化が開始され、残りにヨーロッパに追い付いた。
1978年以降、スペインの地方分権に伴い、州を跨がない狭軌路線の運営を州へと移管した。現在はマドリード (マドリード地下鉄)、バルセロナ (バルセロナ地下鉄)、バレンシア (バレンシアメトロ)、ビルバオの各都市は自治体が運営する地下鉄を有している。
1986年~1987年に路線の大量廃止が行われ、多くの放射路線が廃止され、数千kmもの旅客路線が廃止された。
2003年の鉄道部門法により鉄道施設の管理・維持・建設が列車運行から切り離された。現在、最重要の活動は新たな公開会社としての責務となっている。一方でレンフェは車両を保有し、旅客輸送及び貨物輸送の計画・マーケティング・運行に対し責務がある。
2008年には、マドリードからバリャドリッドまで及びコルドバからマラガまでの路線が開業した。マドリード - バルセロナ線はピレネー山脈直下を国際トンネルで貫きフランスの高速鉄道 TGVと接続している。また、現在は他のヨーロッパ諸国に負けないぐらいの高速列車王国となっており、代表的なAVEを筆頭に、様々なタイプの高速列車が登場していて、将来は最高速度350キロを目標に世界最高速の鉄道を目指している。もちろん車内サービスも他の国に負けないぐらいの充実ぶりである。
スペインの鉄道は労働運動における破壊活動やアルカーイダによるテロ攻撃の標的となってきた。なかでも特筆すべきは2004年3月11日にアルカーイダがマドリードで起こしたスペイン列車爆破事件である。近年のスペインの鉄道は多くの投資を受けており、その多くは欧州連合からのものである。この事件のせいでスペイン国鉄をはじめとする、スペイン国内での鉄道撮影は非常に厳しくなっている。特に駅構内での撮影や停車している列車の撮影に関しては、警備員から厳重な注意を受ける。とりわけ列車爆破テロが起きたマドリッド・アトーチャ駅では、列車乗降時以外はホームに立ち入ることができない。スペイン国鉄の担当者に理由を聞いてみると、「セキュリティ上」の問題という観点からである。
※AVE:"Alta Velocidad Española"(「スペインの高速」の意)の略称であると同時に、スペイン語で鳥の意味で、翼を広げた鳥が列車のシンボルマークになっている。専用軌道上の設計最高速度は300km/h
※TGV:フランス国鉄 (SNCF) が運行する高速鉄道の車両、およびそれの運行形態。

投稿: こりらっくま | 2009年1月23日 (金) 14時01分

『シンガポールの地下鉄について』

 赤道直下、マレー半島の南端に位置するシンガポールは観光地であり、花や緑が美しい『ガーデン・シティ』として親しまれている。このため、よく知られていることだが、シンガポールでは、道路にごみを捨てると罰金が科せられるなどのように比較的厳しい法律が存在する。当然ながら、観光地としてまちの環境を良い状態に保つことは重要である。以上のことから観光的視点と環境的視点の2つについて考察したい。
観光的視点としては、まずMRTの利便性が挙げられる。MRTは『シンガポール市民の足』とも呼ばれ、日本でいうと山手線のような電車である。2006年にはシンガポールチャンギ空港の第2ターミナルにまでMRTの駅が完成し、観光客にもわかりやすく利用しやすい。これにより都市部までのアクセスが可能となった。また、速くて安全であり、時間にも正確、値段も安いというメリットが多いことが、市民はもちろん観光客にも利用される理由となっている。
 また、MRT地下鉄駅の場合はホームに扉があり、電車の扉と連動して開閉するしくみとなっている。このため、線路への転落や人身事故が大幅に減ることが挙げられる。「事故が起こりにくい」という良いイメージは、観光にとってプラスとなる。
 環境的視点については、MRTの切符が挙げられる。この切符は日本でいうSuicaのようなものである。切符にはデジポット(1シンガポールドル)が含まれるが、下車する駅でそれがしっかり返却されるシステムとなっている。今しきりに叫ばれているエコを意識したものであると考えられる。
 また、自動車を多用しないようにという願いを込めて、MRTを利用しやすくしている点も少なくないだろう。シンガポールでは、市内の交通渋滞は深刻な社会問題となっている。その結果、自家用車の保有および利用には厳しい制限がなされている。例えば、シンガポール国内における道路整備状況により、自動車の新規登録可能件数が定められ、車両購入権(COE;Certificate of Entitlement)の価格は入札により決定される。新車を購入する際には、入札に応じる必要があり、その価格は車種によるが、中型車で約1万~1万5000シンガポールドルとされている。また、購入に際し、輸入関税、消費税、登録料、追加登録料、道路税が課せられ、先に述べたCOEと合わせると、車両価格の4~5倍を支払うことになる。それから、一定地域への車両の流入を抑制するため、特定地域への立ち入りに関しては、クーポン券を購入するよう義務付ける「ロードプライシング」を早くから導入している。さらに、1998年3月から世界で初めてプリペイドカードを利用した電子式の道路料金徴収システムも導入している。交通渋滞は大気汚染をさらに悪化させるので、自家用車の利用よりもMRTを利用した方が環境にやさしいのである。
 以上のように、MRTはシンガポールの観光と環境の2つの視点において、重要な役割を果たしているといえる。今後も次々と開業されるようなので、2つの視点を念頭にMRTの動きに注目したい。

※参考文献資料等
・『シンガポール地下鉄 MRTを乗りこなせ!』 2009年1月20日
www.fan.hi-ho.ne.jp/takechin/maldives2005/singapore/mrt.htm

投稿: D | 2009年1月22日 (木) 16時10分

1.路面電車とは。
  主に道路上に敷設された軌道(専用・併用軌道)を走行する電車のことである。英語圏ではLRT(大部分を専用軌道とし、部分的に道路上(併用軌道)を1両ないし数両編成の列車が電気運転によって走行する、誰でも容易に利用できる交通システム)、ヨーロッパでは、西欧・中東欧問わず路面電車・LRTはすべてTram(トラム)と呼ばれ、市民の足として親しまれている。現在では世界約50か国の約400都市に存在し、都市内およびその近郊で旅客の移動手段として利用されているものが多い。路面電車の原型は19世紀にアメリカに登場した路面馬車であるといわれ、その後、1879年のベルリン見本市にジーメンスが電気を動力に動く車を初めて展示した。路面電車が実際の町に登場したのは、1881年のベルリンである。日本では、路面電車は大正から昭和初期の戦後にかけて普及したが、高度経済成長期に自動車の所有率が増加したことで全国的に廃止の方向をとる。20世紀末以降は、環境負荷の軽減、バリアフリー及び交通渋滞緩和の観点から世界各地で、また日本でも、「路面電車サミット」が各地で開催され、具体的な導入都市も検討されるなど、廃止された路線の復活への関心が高まっている。

2.ドイツにおける路面電車。
  現在ドイツでは約50以上の都市で路面電車が運行されている。ドイツでは1971年に「自治体交通財源法」という法律ができた。これは、ガソリンなどの自動車燃料への石油税を増税して、それを連邦が自治体に交通整備の財源として与えるという法律である。補助は1967年から開始され、公共交通は連邦が、道路は州が配分するという内容(1992年に大規模なプロジェクト以外はすべて州が配分することとなった)である。補助の条件は、路面電車については専用軌道を有すこと。(その理由は、道路で自動車と軌道を共有すると渋滞に巻き込まれ、公共交通の魅力がなくなるというもの)しかしながらドイツの路面電車の殆どは赤字運営といわれている。その赤字分は、排気ガスを出さないことや事故の少なさを価格に換算しようという考え方のもとに自治体で補填したり、州が補助したりしているそうだ。
なぜ行政が公共交通政策に対して積極的なのか。理由は二つある。第1は、全市民の生活に必要な交通の可能性を提供するには、自動車を公共交通・歩行者・自転車より優先させてはならないという考え。第2は、マイカー利用を中心として交通問題を解決するには膨大な道路と駐車場が必要となり、空間面からも財源面からも供給できないと予測したため。さらに、そのためには魅力的な公共交通機関が必要であるが、その整備のための財源を自治体の財政に期待するのは困難であるとして、自動車燃料に対する鉱油税を原資に自治体財政への支援を強く打ち出した」というものであった。

3.都市交通と公共性について。
  ドイツの路面電車に見る交通の公共性について、上記の内容から、ドイツでの都市計画を推進する上で重要なことは、「人々の移動の公平性を保つこと」であり、それは、言い換えれば、すべての人々に平等に移動の権利があることを保障する施策ということができる。また、世界と歩調を併せ、温室効果ガスの排出量削減の目標達成のための環境に配慮した取り組みとして、車の利用を控え、公共交通を使わせるという、効果的な手段を用いることができることも、地方分権の進んだ社会においてできることと考え、今後の日本の良い手本となると考えられる。

投稿: にょにょ | 2009年1月22日 (木) 16時10分

「外国の路面電車」
【フランス】
フランスは、近年最も路面電車の復権が盛んな国である。かつてはイギリスやアメリカ同様、モータリゼーションの進展に伴いほとんどの都市で路面電車の撤去が進み、わずかにリール、マルセイユ、サンティティエンヌの3都市に残るだけであった。しかし、70年代からの公共交通復権の流れの中で、1985年のナントを皮切りにLRT導入が相次ぎ、2003年現在14都市でLRTが運行されている。また、ミュルーズ、クレルモン=フェラン、ヴァレンシアンヌで建設工事が進められており、ル・マンなど他の5都市でも導入に向けての計画が進んでいる。また、すでに導入している都市の大半で延伸工事が進められている。

(1)ナンシー
ロレーヌ地方の有力都市 都市圏人口約26万人
 2000年に本格的な営業線として初めて新方式のゴムタイヤトラムを導入。これは、駆動をゴムタイヤ、案内を1本レールで行うことにより、トラムの建設費を安く押さえるための方式である。ゴムタイヤトラムにはボンバルディア社の、案内に鉄レールと鉄車輪を用いるTVRを採用した。ナンシーの市内交通は従来トロリーバスとバスが担ってきましたが、トロリーバスの施設を改修してTVRの施設とした。営業開始後、すぐにシステムの不良が見つかり1年以上休業していたが、2002年から運転再会となった。
(2)ボルドー
 南西部アキテーヌ地方の中心都市 都市圏人口65万人
ボルドーの路面電車は現在フランスで一番新しい。大都市でありながら、軌道系交通機関の整備は遅れていた。当初、ボルドーはリールやトゥールーズで採用されているVAL(地下式新交通システム)の導入を予定していた。しかし、諸般の事情で不可能となったため、1997年に路面電車を導入することを決定した。工事は街中で遺跡が発見されるなどして難航していたが、2003年末に開業にこぎ着けた。フランスの路面電車と言えば、一都市一革命を起こすくらい新機軸の導入に積極的だが、ここボルドーでも画期的な新機軸を採用した。それは、架線を使わず第三軌条で集電する方式である。ボルドーの路面電車は街の顔とも言えるカテドラル(大聖堂)の真横を通ることもあり、特に景観面での配慮を求められていたので、画期的な架線なしの集電方式を採用した。路面電車で第三軌条を採用するのは戦前のロンドンやワシントンでも見られたが、保守が面倒なこともあり長続きしなかった。近年のLRT復活でもなかなか実用化されず、今回のボルドーでようやく採用された。ボルドーでは都心部では新方式の第三軌条集電(路面給電システム、APS)を使用し、郊外部では架線による通常の集電方式を採用している(路面電車用の第三軌条方式はコストが高いために、全線での採用を避けた)。

投稿: みかん | 2009年1月22日 (木) 16時08分

PadovaにおけるTramの実態と概要

 イタリア北西部の都市Padovaの市民の足として親しまれているのが、添付資料1にあるTram(路面電車)である。Translohrを使った営業運転を行っており、その範囲はBemboからGuizzaまでである(添付資料2)。また、Ferrovie dello Stato Spa の中央駅(Centrale)からGuizzaまではバッテリー走行になる架線レスの区間であり、世界的にも珍しい(添付資料3)。
 洗練されたデザインの車体と、伝統的建築物の美観を損なわぬよう敷かれたTranslohrが印象的なtram di Padovaではあるが、2006年10月に脱輪事故を起こしている。中央の案内軌条設置精度に問題があったからとも言われた事故ではあったが、2007年3月はじめに行われた予備運転を経て、現在は問題なく運行されている(添付資料4)。予備運転後の最初の土・日曜日は運賃を無料とするなど、会社側の意識変化もうかがえた。
 また、同区間をバスも運行しており、市民はニーズにあわせてTramとBusの選択が可能となっている。さらに2009年6月には、Padovaから30kmほど離れた、Mestre-VeneziaへもTranslohrが到着し、FavaroとMarghera間で運転が開始される予定である。
 エコロジー、リサイクル等、地球環境に高い関心をしめすヨーロッパにおけるTramは、日本や香港、米国におけるそれとは異なる扱いを受ける。さらには、電気運転による路面電車が実用化されるようになってから100年という節目を迎えたTram di Italiao の実態は、お年寄りから子どもまで安心して利用できる乗り物として、Ferrovie dello Stato Spaより手軽な乗り物として受け入れられているようである(添付資料5)。


参考:http://www.trampadova.it/(Tram di Padova)
   http://urbantransit.seesaa.net/article/31296360.html (The news of LRT)
   http://padova.blogolandia.it/(urbano di Padova)
http://jp.youtube.com/watch?v=fD5lorgkvOA (You Tube – Tram Padova)

投稿: Vaffanculo | 2009年1月22日 (木) 15時09分

ハンドルネーム 20世紀少年
ポルトガル リスボンの都市交通について
 ○ポルトガルの首都 「リスボン」
ユーラシア大陸の最西端に位置する国、ポルトガル。イベリア半島中部に端を発するタホ川は、ポルトガルでテージョ川と名前を変えて大西洋に注ぐ。リスボンはこのテージョ川の右岸に開けた古都であり、ポルトガルの首都、ヨーロッパ最西端の首都としても知られている。また、テージョ川の河口から12kmほど奥まった、起伏に富んだ丘陵地帯に広がるリスボンは、「七つの丘の都」 という異名も持ち合わせている。

 ○リスボンの交通事情
 「七つの丘の都」と呼ばれる通り、坂が多い上、古くからの街であるため狭い道が多い。よって市民の足は自家用車での移動よりも公共の交通機関が中心となる。そういった必要性からリスボンでは多くの公共交通機関が発達しているが、すでに、それ自体が観光資源となっているとまで言える。市内に張り巡らされたバスはもちろんメトロと呼ばれる地下鉄や、大小さまざまな路面バス(トラムと呼ばれる)やケーブルカー、エレベーターといった日本では公共交通機関として認知されていないものまでが、市内の交通手段として整備されている。

 ○~もの珍しき交通機関たち~
 上記したようにリスボンではその土地柄に合った交通機関が発達している。トラムはその最たる例であろう。狭い路地を走るコンパクトな車体で坂をものともせず走り、市民の足となっている。市民と直結したトラムは乗るだけでリスボンの下町情緒や生活の雰囲気を感じることが出来ると観光客に人気が高い。多くの停留所の広場は社交場のようになっていて、人のつながりを生み出す役割も担っているのである。
 トラムだけでなく、ケーブルカーやエレベーターといった交通機関も存在する。市内の急坂を移動するためのものであるが、こちらはトラムのように市民の足、というよりも観光資源としての意味合いが強いようである。
 リスボンのこういった交通機関から多くのことを学ぶことが出来る。その土地のニーズにあった交通機関は多くの市民に認知され、主要な交通手段として支持される。すると、交通機関自体がその土地の雰囲気を感じられる場所となり、多くの観光客を惹きつける「魅力」のひとつになるのではないだろうか。また、市内交通機関の整備は環境問題解決の役割の一端を担えるということも、今後の都市計画を考える上で重要な点になるのではないだろうか。

○参考文献 海外移住 ロングステイ情報 ttp://www.ledby.net/2006/05/post_12.html
旅の車窓から http://www.geocities.jp/tabinoshasoukara/index.html


投稿: | 2009年1月22日 (木) 13時43分

ポルトガル・リスボンのケーブルカー

リスボンは、ポルトガル西部の大西洋沿岸に位置しているポルトガルの首都で、スペインから流れてきたテージョ川の河口に開けた人口約60万人のポルトガル最大の都市である。テージョ川河口とサン・ジョルジェ城の丘からなる旧市街とその周辺に広がる新市街からなる都市で、ポルトガルの政治経済の中心地として、またポルトガル最大の港湾都市としても機能している。そして、石畳の路地と石造りの建物が印象的な古い街であり、坂が多いことから七つの丘の町といわれる。地形の起伏が魅力を高める首都といえば、ローマや比較的ゆるやかながらパリもそうである。リスボンは、これらの都市に較べても起伏が激しい。
 そのため、リスボンでは公共交通機関が発達しており、メトロと呼ばれる地下鉄やバス、トラムと呼ばれる路面電車があります。メトロはガイヴァッタ線やジラッソル線、 カラヴェラ線、オリエンテ線の4つの路線があり、バスは市内を網羅する路線を持っており、路面を走るリスボン名物のトラムやケーブルカーが存在している。なお、リスボンには坂道の移動補助として、有料のエレベーターも存在する。 その中でも、「7つの丘」と呼ばれ、坂道が多く起伏に富んだ地形となっているリスボンには、その高低差をカバーするための路面電車の支線としてや路面式のケーブルカーが3路線建設されている。ケーブルカーとは、山岳の急斜面などを、鋼索(ケーブル)が繋がれた車両を巻上機等で巻き上げて運転する鉄道である。鋼索鉄道(こうさくてつどう)ともいう。2路線の車両は車体を水平にしており、麓側の正面は極端に縦に長い馬面になっている路線は複線交走式で、行き違い箇所以外は上下線の線路を若干ずらして線路敷きを共有するガントレットポイントを採用している。町の中を走るケーブルカーは、サンフランシスコとこのリスボンくらいである。サンフランシスコのケーブルカーは、トラムとほとんど同じ様に頻繁に車両が走っていて、距離も長い。こちらリスボンは、高尾山のケーブルカーと同じで、丘の麓と山頂を結ぶ。車両は上と下の2両で、中間で交換をする。日本のケーブルカーと違うのは線路が路面上に引かれていている。路面は住民の生活道路にもなっていて、歩くのが大変な市街地の坂道ではケーブルカーが頻繁に上り下りしており市民の足となっている。そして、両側には民家が立ち並び線路に面して洗濯物が干されていたりする。そのような下町の住宅地の中の坂道の路面を、レトロなケーブルカーが行き来する風情から、リスボンの観光資源の一つとなっている。
 

投稿: リスボン | 2009年1月22日 (木) 12時57分

ニューヨークの地下鉄
今回のレポートでは、ニューヨークの地下鉄を取り扱うことにしました。ニューヨークの地下鉄は世界初であり、また年間利用客数が10億人にも登る世界でも有数の交通機関である。
ニューヨークに始めて地下鉄が走ったのは1904年。路線は市庁舎(シティ・ホール)~145丁目までの現在の4/5/6線にあたる路線である。日本の地下鉄と同様元々は別々の会社によって競い合うように運行されていた地下鉄が1940年にニューヨーク市によって買収され、1953年に「ニューヨーク市都市交通局」を設立、1968年に同局はMTA管轄となった。元々、別々だった名残りで路線番号が数字のもの(Division A = 旧IRT Interborough Rapid Transit Company)と、アルファベットのもの(Division B = BMT - Brooklyn-Manhattan Transit Corporation & IND - Independent Subway System)がある。なお、INDは2社とは別にニューヨーク市自体が設立した市営地下鉄線である。
 そして、ニューヨークの地下鉄システムは世界的にも最も効率よく人々を輸送する交通システムである。1970年代の、冷房がなく暑く汚いそして危ないイメージは改善され、安全で便利そして快適な、ニューヨーク市全域をカバーする交通機関となった。毎日約490万人以上の人々が利用し、年間利用客数は先に述べた通り、なんと10億人を上回ります。依然としてホームレスが居座ったり、小規模の窃盗事件は発生してはいて、マナー違反による罰金徴収額も900万ドルを超えている。しかし安全度は経済的に貧している、いわゆる「危険」とされる地域と比べれば段違いに安全と言えるでしょう。いずれにしても、自家用車での移動が困難なマンハッタンにおいては地下鉄を乗りこなせることでその行動範囲を格段に広げ自由自在な移動を可能にしてくれるでしょう。
現在の営業規模は営業路線延べキロ数が1,056km、路線数が26路線、駅数が468駅となっていてマンハッタンを中心にブロンクス、クイーンズ、ブルックリンのほぼ全域をカバーしている。軌間は1435 mmの標準軌。車両数は6400両を超え日本の企業も川崎重工がR142A型80b両など車両製造の発注を受けている。車両は旧IRT系(数字路線)と旧BMT系(アルファベット路線)で大きさが異なりBMT系が若干大きくなっている。特筆すべきは24時間運行と複々線です。特に複々線によって急行路線が充実され特に南北に長いマンハッタンにおいて高速輸送の実現に貢献している。設備の所有者はニューヨーク市である。
最後に、ニューヨークでこれだけ地下鉄が普及している要因としては、地下鉄がいち早くニューヨークで敷かれた点、急行・各駅停車の両方があり移動に便利であるという点、24時間体制がとられている点があげられる。また、ニューヨークではバスも24時間体制をとっている。このこともあり、ニューヨークのマンハッタンでは住民の25%しか自動車をもっていない。環境問題が叫ばれる現代では、いい傾向であるといえる。

投稿: 伊美蘭 | 2009年1月22日 (木) 12時35分

フィリピンには日本には無いような変わった乗り物が多く存在している。しかし今回はタクシーという日本にもある交通機関について調べたいと思う。ちなみに1ペソ=2.4円。

○タクシー(TAXI)
タクシーはマニラ首都圏など大都市だけで見かける。安い乗り物ではない。(日本人観光客にとっては安い。)タクシーには大別して次の3つがある。

・メータータクシー
メーター制のタクシー。初乗りは25ペソで距離と時間に応じて値段が変わる。乗り方は日本のタクシーと同じだが、気をつけなければならない点がある。まずは発車する前にメーターが存在し、そして動作しているか確認すること(動作している場合は初乗りを示す「25.00」が表示)。動作していない場合は「Please use the meter!」などと言ってメーターを下ろさせる。それでもメーターを使ってくれない場合は、それは「ぼったくりタクシー」なので、降りて別のタクシーを探したほうがよい。日本人だとばれてしまうと大概のドライバーはメーターを使わないで発車しようとする。気をつけなければならない。乗ったらドアをロックしておくと安全。襲われないために・・・。なんかあったときのために、ナンバーを控えておくのもよい。空港のタクシー乗り場ではガードマンがナンバーを控えたメモを渡してくれる。ちなみに、チップは20ペソが相場。おつりをそのまま渡すのもよい。

・エアポートタクシー、ホテルタクシー
空港には「エアポートタクシー」と呼ばれる前払い制のタクシーがある。空港の到着ゲート付近にカウンターが出ているのでわかりやすい。値段はかなり高めで通常の3~5倍程度増し。しかし安心して利用することができる。ホテルタクシーも同じような感じで利用できる。タクシーに乗るのが不安な人はエアポートタクシーやホテルタクシーを利用するのが無難。ちなみに日本の旅行ガイドブック等ではエアポートタクシーのことを「クーポンタクシー」などと解説している。

・ぼったくりタクシー
空港のゲート付近にたむろし、「Hey! Taxi?」などと話しかけてくるドライバーがいる。彼らは100パーセントぼったくりで、外国人旅行者をターゲットとしている。彼らはタクシーのメーターを隠し、法外な料金で通常の5~15倍を請求してくる。犯罪に巻き込まれる危険性もあり。こういったドライバーのタクシーは乗らないように気をつけること。
・メガタクシー
乗り合いのタクシー。車内は外から見えないような造りになっているため、銃を突きつけられるなどの犯罪が多発。乗らないほうが無難。
○他の交通機関
・ジープニー・トライシクル・カレッサ・耕運機・フィリピ

投稿: 雪月花 | 2009年1月22日 (木) 12時30分

サンクトペテルブルクは、ロシアの都市、レニングラード州の州都である。ロシア西部、バルト海のフィンランド湾最東端、ネヴァ川河口デルタに位置する。ロシア有数の港湾都市であるとともに、鉄道・国際航路の要衝でもあり、モスクワに次ぐロシア第2の都市である。ロシア帝国時代は首都でもあった。サンクトペテルブルクの美しさは、バロック、古典、アール・ヌーボーなどさまざまな建築様式と豊かな水を支える運河の調和にある。この世界的な文化遺産を見ると、この街が宮殿や教会、ロマンチックな運河などによって造られていることが分かる。これに関連して、サンクトペテルブルク地下鉄は、多くの典型的なソビエト連邦時代の設計と装飾、視覚芸術で彩られており、世界的にも魅力的で優雅な地下鉄となっている。
サンクトペテルブルクの地質的な理由により、サンクトペテルブルク地下鉄は世界で最も深いところを走っており、最も深いアドミラルテイスカヤ駅付近では105 メートルもの深さがある。なお、これから記述する歴史は、公式ホームページ内の歴史という項目に準拠している。
サンクトペテルブルクにおける都市内高速交通機関に関する最初の計画は少なくとも1899年には存在していたが、ロシア革命とロシア内戦を経て首都はモスクワに移り、計画は10年以上持ち出されなかった。1935年のモスクワ地下鉄の開通を受けて計画は再浮上したものの、サンクトペテルブルクにおける地下構造物の掘削はモスクワと同様に、地下水と地下の空洞のために一般的に難しいことが判明した。1970年代の路線建設工事中に、トンネル工事がネヴァ川の地下にある空洞に遭遇した。何とかトンネルを完成させることができたが、後にレズナヤ駅 - プロシャ・ムジェストヴァ駅の区間が浸水し、この区間のトンネルは閉鎖せざるを得なくなった。9年以上にわたり、この路線の以北の区間は地下鉄網の他の区間から物理的に分割されていた。
地下鉄網の歴史は、主要な鉄道のターミナル駅全てを結ぶ路線の建設が始まった1940年に始まる。第二次世界大戦により計画は遅延したことにより、この路線は1955年に開通した。当初の区間には7駅があり、さらに数ヵ月後に8番目の駅も開業した。これらは当初、市中心部のモスクワ駅と市の南西部にあるキーロフスキー工業地帯を結んでいた。引き続き北へ拡張が行われ、ネヴァ川を1958年にくぐり、さらに新しい住宅開発の行われていた北部へ連絡するために、1970年代半ばにヴイボルグスキー地区まで建設された。1978年には市の境界を超えてレニングラード州まで延びた。
2番目の南北路線であるモスコフスコ-ペトログラーツカヤ線の建設は、テフノロギチェスキー・インスティトゥト駅とパーク・ポベドゥイ駅の区間が1960年に開通し、1963年にゴルコフスカヤ駅まで北へ延びて、この時にテフノロギチェスキー・インスティトゥト駅がソ連で最初の対面乗換ができる駅となった。この路線は引き続き、1970年と1972年には南へ、1982年と1988年には北へと延長された。パルナス駅までの最後の北への延長は、何度も遅れを経て2006年に開通した。
3番目のネフスコ-ヴァシレオストロフスカヤ線は1967年に最初の区間が開通し、これに続いて数回の延伸の後、ヴァシリエフスキー島と市の中心部、南東部のネヴァ川左岸にある工業地帯が結ばれた。4番目のプラボベレズナヤ線は、1985年にまず市街中心部よりも先にネヴァ川右岸の新しい住宅地で最初の区間が開通し、続いて1991年に市街中心部へ到達し、1990年代後半の北西部への延長が行われた。
地下鉄網はもともと核攻撃に備えたシェルターとして機能するように建設されたため、他の多くの高速交通システムの水準を超えた保安対策がある。例えば、地下だけでなく地上出入口付近でも、一般の写真撮影は厳しく禁止されている。専門家による許可を得た写真撮影・映画撮影は認められている。保安要員が公衆の秩序を保つために全ての駅が巡回されており、また全ての駅に近年のテロ攻撃の脅威に備えて監視カメラが備えられている。
これらのことからわかるのは、この地下鉄が工業地帯や住宅地と市街地を結ぶ重要な機関であること、また、ロシアは戦争に備えて地下鉄を建設したという特徴的な部分、さらに、世界的にも魅力的(芸術的)な地下鉄であるということである。

投稿: モリソン | 2009年1月22日 (木) 11時54分

カナダ トロント交通局と都市内交通
●LRTの概要
ライトレール(LRT)は1970年代に、連邦交通大量輸送局によって定義された。その内容は「大部分を専用軌道とし、部分的に道路上(専用軌道)を1両ないし数量編成の列車が電気運転によって走行する、誰でも容易に利用できる交通システム」というものである。よって、本来「ライトレール(LRT)」とはシステムであり、また、路面を走行する電車のことである必要性は薄い。これに伴い、アメリカ(及びカナダ)でライトレールが整備されるが、中には専用軌道ばかりの路線もある。1980年代にはフランスでライトレールの普及が高まるが、フランスでは併用軌道率が高いものを路面電車として採用しライトレールと呼ぶ。したがって、ライトレールという言葉は米国での原義・実例と、欧州での呼称事例の間に違いがある。
●カナダ -トロント交通局と公共交通機関事情―
トロント交通局とは、カナダ・オンタリオ州トロント市内及び近郊で、地下鉄、バス、路面電車、軽軌道鉄道などを運営している機関である。
トロントの路面電車は北米でも数少ない路面電車の1つである。赤く塗られたクラシックな車体はトロントの名物となっている。オンタリオ湖岸より5km北のセントクレア通り以北の路線は運営されていない。トロントの運転手は皆、自由で突然路面電車を2,3分とめて1人でコーヒーを買いに行ったり、観光バスガイド並みのスピーチをはじめたりする。通常運賃は地下鉄、バス、路面電車で共通であり、TTC(トロント交通局)の全線で均一料金となっている。さらに、乗り換えも無料である。日本と同じように、回数券やデイパス、ウィークリーパスの販売もしている。特にウィークリーパスは本人が使用していないときに限り、他人への貸与が可能である。
安全の面については、全ての地下鉄の駅のホームにはDWAという場所が準備されていて、そこにいると、防犯カメラの視界内にいることができる。また、この一角は安全のために、照明が少し強くしてあり、さらに係員呼び出し用インターホン、公衆電話やベンチなどが設置してある。また、地下鉄の車内には、非常ベルがついており、非常ベルを鳴らすことができる。火災の時、急病人が出たとき、痴漢に遭ったときなどに押すことができる。同じように、バスと路面電車には、非常ベルと非常通報装置が備え付けられており、非常の時には運転手が使用することになっている。また、バスには21:00~5:00の間に、女性が1人で乗る際に、運転手に降りたい場所を告げると、停留所以外の場所でも下ろしてくれるrequest stopというサービスもある。

投稿: ☆ミ | 2009年1月22日 (木) 11時26分

青蔵鉄道は、中華人民共和国西部の青海省西寧とチベット自治区の首府ラサを結び、世界で最も高地を走る鉄道として有名である。中国西部大開発の代表的なプロジェクトとして当初2007年の完成を目指していたが、1年ほど前倒しして2006年の7月に全通した。
 チベット高原は、標高およそ4000メートル、広さ250万平方キロメートルにおよぶ高地であり、黄河や長江、メコン川、インダス川など、アジアを代表する大河の源流であり、チルー(チベットアンテロープ)やチベットガゼル、野生のヤク、バーラル、ユキヒョウ、オグロヅルなどが生息する世界的にも貴重な自然が残る場所である。この地に開通した青蔵鉄道は、近年急増しているチベットへの観光客の新しい足として活躍することが期待される一方、訪問者数の増加は、もともとあった自然環境にさまざまな悪影響を及ぼすことも懸念されている。WWF(※1)中国は、厳しい気候の高地で育まれてきたチベットの生態系が極めてもろいものであると指摘し、一度壊すと回復が非常に困難であることを強調した。さらに、観光客による消費が拡大することで、絶滅の危機におかれている野生生物から作られた土産品の販売量が増加し、チベットの生物多様性を劣化させ、野生生物の密猟が深刻になることについても懸念されている。これまでにもチベットでは、上質の毛を狙ったチルーの大規模な密猟などが横行し、密輸や密売が大きな問題となってきた。青蔵鉄道の開通によってこれらの問題に拍車がかかると、チベットの自然は深刻な被害を受けることになる。そこで、WWFとトラフィック(※2)は、乗客や旅行者にパンフレットを配布し、チベットの環境の貴重さやもろさを訴え、トラやチルーのような絶滅の危機にある野生生物に由来する製品を買わないよう呼びかけることで、絶滅の危機にある野生生物保護への貢献を促した。こうした製品を買わないようにするだけでも、旅行者はチベットの野生生物の保護に努めていることになるのである。
 青蔵鉄道がもたらす将来の展望としては、前述のようにチベット産業の主柱である観光業が飛躍的に発展することがまず予想される。また、チベットと中国他省との物流が大きく改善することにより、チベットの産業開発全般にも寄与することも期待されており、軍用列車の運行によって、軍事物資、人員を運搬する主要幹線としての使用、そして、チベットに存在する豊富な天然資源の輸送路としても活用される。今後は、青蔵鉄道の支線がシガツェ市まで建設される予定であり、最終的にはネパールの国境、さらにはカトマンズまで延伸される計画である。
※1  100 を超える国々で活動する世界最大の自然保護 NGO。絶滅危機種の保護や、地球全体の生物多様性を守るために選定された最も重要な地域の保全、森林や海洋の持続可能な開発の推進、地球規模の環境問題である気候変動や化学物質による汚染を食い止める活動を行っている。
※2 WWFとIUCN (国際自然保護連合)の自然保護事業。国内および国際的法律や協定に基づき、調査、モニター、報告を通じて、特に動植物にとって有害な野生生物の取引をなくすことを使命とする。
〈参考URL〉
・ 青蔵鉄道 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E8%94%B5%E9%89%84%E9%81%93

投稿: ようちゃん | 2009年1月22日 (木) 11時23分

フィンランドの路面電車は、首都であるヘルシンキのヘルシンキ市交通局によって運営されている。都心部において重要な交通手段である。暦しまら見ると、世界的にも比較的早い時期に路面電車が取り入れられた場所である。
2004年の利用者数は5660万人である。
2両編成で市内のほぼ全域を走っているので、移動手段として欠かすことができない。現在、8路線12系統が運行されている。2009年の初めには新路線が運行を開始し、2系統(3Tと3B)が再編される予定である。ちなみにこの2系統は環状線なので、市内観光には最適である。
バリアフリーの連結式のLRTを取り入れ、時代の流れによって走る車両を変えている。もちろん、昔の路面電車も活かしている。バリアフリーの車両は、低床式であることはもちろん、運転席近くに全盲の人のせいを設けたり、聴覚障害者のために案内放送の音量を上げたりしている。また、背の低い人のために設置した低い座席(こども用)もある。1999年より新型車両と旧型車両の置き換えを行っているが、あまり進んでいない。2004年にはその移行期間の補助としてドイツから古い8軸路面電車を購入した。
電車に乗るためのチケットは、前売券と当日券があり、キオスクで売られている前売券は当日券に比べ、1割ほど安い。回数券、定期券のほか、1時間乗り放題のチケットもあり、乗客はニーズに応じて利用することができる。チケットは各自で乗車時にスタンプを押し、手元においておく。普段、検札係は乗車していないが、5人ほどの検札隊が突如のりこんできて、検札を行い、不正発覚時には10倍の罰金が徴収される。もともとの乗車運賃は200円ほどなので、10倍の罰金による無賃乗車抑制効果は十分に発揮される。
路面電車は中心市街地への人の流れを確保し、まちを振興するための手段としてまた、環境は破壊を防ぐ面からも有意義であると考えられる。なぜ、路面電車が環境にやさしいかというと、都市における交通公害は大気汚染であり、路面電車の騒音は若干大きくなるが大気汚染に対する環境負担は極めて低いからである。歴史的にみて馬車から電車、自動車へ発展しており、現在では環境問題が多く取り上げられることが多く、そのために電車(路面電車)が見直されている。
街中を走る路面電車は、先ほども述べたように旧型車両から新型車両まで多様である。これは広島市を類似しているが、この交通システムは実にヘルシンキ市内の町並みに溶け込んでおり、都市景観を構成する上で重要な要素になっていると考えられる。道路の道幅が広いため、自動車や歩行者に対しても安全な車両の乗り入れが可能となる。
ヘルシンキ市における路面電車は人々の生活を支えているだけではなく、現代社会も支えていると考える。

投稿: ぐりーん | 2009年1月22日 (木) 11時18分

ノルウェーのフロム鉄道について
概要
フロム鉄道とは、ノルウェーのソグン・オ・フィヨーラネ県アウルランにある鉄道である。全長20.20キロメートル。最高地であるミュルダル駅でベルゲン線から分岐し、ソグネ・フィヨルド沿岸の最低  地フロム駅までを結んでいる。所要時間は、約1時間ほどである。ヨーロッパの中で変化に富んだ地形と言えば、アルプス山脈を擁するスイスだが、ノルウェーも海と陸が複雑に交錯する地形を特長とし、スイスに次ぐような急勾配の山間景観を楽しむことができる。フロム鉄道は、日本でも人気の高いノルウェーの主要な観光名所となっている。
フロム鉄道の魅力は、標高1400メートルの山頂をふくむ周囲を山々の壮大な景色、緑ゆたかな牧場、キリスト教の入植以前にさかのぼる歴史と伝統だ。電車は高い山を目指して登っていく。途中にあるリョ―アンネの滝は落下する部分が140mというダイナミックな滝である。その後、緑の畑や牧場、果樹園がつづく谷盆地をすぎ、川に沿ってトンネルをいくつも抜けて走る。フロム鉄道は谷川を3度横切るが、橋がない。川そのものが線路の下に掘ったトンネルを通り抜ける。次にごつごつとした谷を登りやがて終点の駅に到着する。
歴史
フロム鉄道は、ソグネフィヨルドへの輸送ルートを確保するため建設された。1923年に工事が着工。しかし、山間地域のためトンネルの工事が難航し、鉄道開通まで約17年の歳月を費やした。1940年8月1日、とりあえず蒸気機関車で開通することができた。当時の新聞報道によれば、第一便は線路工夫を「讚えて」資材の運搬に利用され、ほどなく一般乗客に開放された。べルゲン鉄道とミルダールで互いに連絡して、上り、下りにそれぞれ2便を運行。その後1944年にフロム鉄道が電化がされた。現在は、所要1時間だが、当時は1時間15分かかった。
当初は、輸入貨物運搬のためつくられたフロム鉄道だったが、豊かなフロム渓谷を走り抜ける地理条件が功を奏し、観光客の人気を集めた。1908年と1915年に予想乗客数が試算され、22,000人を見込んでいた。結果は予想をはるかに上回り、582,826 人という新記録が 2007 年にうちだされた。一方貨物のほうは非常に減少している。全世界から多くの観光客がフロム鉄道を訪れるようになり、いまではノルウェーで最もポピュラーでスペクタクルな観光名所に発展した。
 フロム鉄道は、ノルウェーで数少ない私鉄である。1988年国鉄(NSB)にかわってフロム鉄道の販売・商品企画を引き継ぐことになった。近年は、アウランド地方の観光誘致を強化し、北欧の体験ンセンターとなることを目標に掲げている。
考察
最初は貨物の運搬用だったフロム鉄道は、現在ほぼ観光業のためだけに使用されている。さらに貨物運搬をスムーズにする運搬経路が見つかりこの鉄道は、使用されなくなったからである。本来ならば、そのまま廃棄されてしまうものをその歴史的価値を重んじ観光に生かしているのである。
 函館のまちづくりセンターやイギリス領事館、公会堂なども同じ役割をしているように思われる。歴史的に価値があるからただ残しておくというのではなく、何かに使用され新しい役割を得ることで歴史的文化財が本当の意味で生かされるのである。

参考文献
フロム鉄道公式サイト http://www.flaamsbana.no/eng/Index.html

投稿: ポニョ | 2009年1月22日 (木) 10時53分

ロシア連邦沿海地方最大の都市ウラジオストクまで、新潟市から約1時間40分という日本から最も手軽にいけるヨーロッパの雰囲気が味わえる都市の一つです。軍事上の理由から、長く閉鎖都市として外国人だけでなく自国の人達でさえ立入りが制限されていました。1989年にソ連国民に、1992年1月に外国人に開放され、現在では多くの外国人が訪れる国際都市へと変貌しています。「東方を征服せよ」との意味を持つこの街は、1860年に国境警備の施設が設置されて以来、ロシア帝国極東地域の拠点として発展してきました。モスクワまで9288キロの世界一の距離を誇るシベリア鉄道は、日本から見るとウラジオストク駅が始発駅です。ウラジオストクは、金角湾(ザラトイロック)と呼ばれる天然の良港を抱き、丘が連なる坂の街です。市街には、帝政時代からの古い建物が保存され、路面電車が行き交い、「東洋のサンフランシスコ」と呼ばれるような街並みです。現在、2012年のAPEC開催に向けて金角湾対岸のチュルキン岬への架橋工事、更にAPEC会場のルースキー島への架橋工事が始まっている。古くから日本との関係が深く、明治9年から日本政府貿易事務所が開設され、1920年頃(大正9~10年頃)には6000人近くの日本人が暮らしていた。最盛期には、現在の市中央部には日本人の営むあらゆる種類の店が並び、その当時を復元した地図を見るとまるで日本の町の様です。当時そのままの建物がいくつか残っており、遙かな「浦潮斯徳(日本語でウラジオストク)」時代を偲ばせます。現在では約120人の日本人が在留している。また、新瀉市、函館市、秋田市とは姉妹都市、沿海地方と富山県、大阪府は姉妹県の関係にあり、活発な親善交流事業が行われている。産業としては、漁業、水産加工業及び造船、船舶修理などの産業が中心だが近年、外国資本のホテルがオープンし観光業にも力が注がれています。沿海地方の首都として政治・経済・科学・文化の中心で街には数多くの大学機関があり、学生の街、若者の街でもある。市街地面積は約600k㎡で、人口は2007年度の公式発表によると580,821人ですが、実際には60万人から70万人ともいわれています。気候は、モンスーン型で、冬は気温が低く乾燥した、好天の日が多く、1月の平均気温は零下14度になる。降雪量はあまり多くない。夏には、逆に降水量が多く、霧がよくでます。6~7月頃には日本の梅雨のような雨の日々が続きます。訪問するには晴天が続く8~9月ごろが一番良い時期といえますが、若葉のやわらかな緑が美しい5月、紅葉の10月、凍った海の上を散歩できる極寒の冬も趣があります。

投稿: なり | 2009年1月22日 (木) 08時35分

 北大西洋にある島国アイルランドは、日本の地方都市に似た車社会であり、特に首都ダブリンは高速道路(自動車専用道路)があったり、交通の渋滞があったりして、日本の道を車で走るのとそれほど違いが見られない。自動車は日本と同じに左側通行で、現在路上の40%が、トヨタや日産などの日本車が占めているくらいである。ただ、ダブリン都市圏においては爆発的に増大する人口と自家用車所有率の上昇に道路整備が追いつかず、都市圏の郊外への拡大に伴い、ほとんどの幹線道路では朝夕の渋滞が慢性化・常態化している。特にアイルランド西部からダブリンに入る道路群においては交通麻痺に近い状態となっている。この慢性的渋滞には、公共交通インフラが定時性に欠けるバスしかないという事情と、それに伴う自家用車による通勤などの割合が他の欧州の大都市に比べて非常に大きいことが原因とされていた。そんな中2004年に首都のダブリンで、画期的な交通インフラが登場した。それが、「Luas」というLRTである。
 ライトレール「Luas」は、首都ダブリンで運行している。「Luas」とは、アイルランド語で「Speed」を意味する言葉である。「Luas」は、2本の路線、「Red Line」と「Green Line」を持つ。「Green Line」は、市内中心部のセントスティーブンス・グリーンと南東部のサンディフォードを20分強で結ぶ路線であり、このラインのほとんどの部分は、かつて存在していた在来線の鉄道の廃線跡を利用して建設された専用軌道である。市民の憩いの場であるセントスティーブンス・グリーンから、郊外に向けて南へ延びているこの路線は、観光客向けというよりは住民の交通手段の意味合いが強くなっている。「Red Line」は、市内中心部のコノリー駅からヒューストン駅を経由して南西部のタラを1時間程度で結ぶ路線である。この路線の多くの部分は新設であるが、中心部においてかなりの距離を併用軌道上を走るためGreen Lineに比べて速度や定時性は劣る。ダブリン市街を横切るこの路線は、沿線にみどころが多く、観光客にも利用価値が高い路線である。またダブリンの2つの鉄道駅、コノリー駅とヒューストン駅を約15分で結んでいる。
 完成には手間取ったものの開通後はその快適さや定時性、利用の容易さのために好評を得て大きな成功を収め、人口増加と交通渋滞に悩むアイルランドでは新たな路線の建設や延伸が検討されている。また市内中心部で2つの路線間は直接乗り継ぐことができず(徒歩での5 - 10分ほどの移動が必要)、今後の課題とされている。2006年には、この2つの路線を繋ぎ、さらに市の北部のダブリン空港まで地下鉄を建設する計画が発表されている。また、Red lineのコノリー駅より東側の国際金融センターやダブリン港地域への延伸、 Green lineの南部への延伸(最終的にはブレイまで延伸する予定)なども計画されているが、巨額な予算が必要となるため、今後も紆余曲折が予想される。

投稿: Lammy | 2009年1月22日 (木) 02時18分

『アメリカ合衆国アーカンソー州リトルロックにおける都市内交通について』

1.はじめに(リトルロックについて)
今回LRTを調査するにあたって、アメリカのリトルロックという都市を取り上げる。リトルロックとはアーカンソー州の州都である。
2.リトルロックの都市内交通について
この都市の路面電車(リバーレール)は、04年11月に開業したばかりの新しい交通手段であり、リトルロックとノースリトルロックという川を挟む両岸の再開発の一部としてリバーレールは開業した。両都市合わせて人口25万人の都市を結んでいる。この両者の間にはアーカンソー川が流れており、川を渡る線路は自動車道と隔離されており、ダウンタウンのループ線による循環運転である。リトルロックとノースリトルロックを結ぶ路線と、リトルロックのループだけを走る路線の二系統があるが、バス路線とは接続だけで路線の重複はほとんどない。営業時間は、朝が朝11時から開始とかなり遅く、終了平日は午後10時か真夜中までで、これでダウンタウンの中で人の流れを補助する役目を担っていると考えられる。
3.リトルロックの都市内交通の特質
資料を見る限り、特に通勤通学のためだけに作られた交通形態ではないと考えられる。それは営業開始時間の遅さを見ても分かる。この地区にはバスも走っており、また両都市を結ぶ主要橋からも離れていることから、ある程度交通手段を分散させる狙いもあるかもしれない。理由として、リトルロックのダウンタウン、ビジネス地区の駐車を緩和するために、アーカンソー川を隔てたすぐ向こうのノースリトルロック市に大きな駐車場が作られており、そこから橋を渡り、リトルロックに入るルートを作っていることが挙げられる。電車が20分に1本程度で、運賃は日本のお金で約55円前後、1周するのに約30分。このことからも、比較的安い値段で気軽に利用できる体系となっている。そのため、単に通勤通学に利用されるためよりは、地元住民の足として作られた路面電車と言えるだろう。
4.最後に
 最後に、LRTや路面電車をはじめとする都市交通計画について考えてみたい。都市交通計画の目的は「都市の暮らしやすさ、働きやすさ、憩いやすさ」を実現することにある。LRTはその手段の一つに過ぎない。この「都市の暮らしやすさ、働きやすさ、憩いやすさ」が何かは都市によって異なる。そのため十分に審議された都市交通計画が求められるのだ。

投稿: フーガ | 2009年1月22日 (木) 01時48分

 ブリスベンは、オーストラリア東部に位置し、シドニー、メルボルンに次ぐオーストラリア第3の都市である。人気リゾート地、ゴールドコーストやサンシャインコーストが南北に中心部から鉄道で1時間程度であり、そこへの玄関口としても有名である。そのため多くの観光客が訪れる都市でもある。
 ブリスベンの公共交通は、州政府機関のトランスリストによって運営されている。ブリスベンには、鉄道、バス、フェリーなどの公共交通システムが広範囲に存在している。鉄道は、南北、東西にいくつかの路線があり、郊外から郊外を結ぶ交通機関として利用されている。バスは、中心部のシティから郊外へと細かく結ぶ市民の足として利用されている。フェリーは、市内を囲むように西から東へと流れているブリスベン川の水上交通として、市民の通勤通学手段の1つとなっており、14の船着場を結んでいる。
 ブリスベン交通の特徴として挙げられるこのトランスリストとは、公共交通機関の料金がゾーン制で区切られており、上記の公共交通機関の共通チケットとして同一のゾーンであれば、同じ料金でどの公共交通機関でも利用できる。
 特に鉄道(クイーンズランド鉄道)は、先でも述べたように中心部のセントラル駅を中心に、東西南北に路線があり、バスに比べるとダイヤが乱れたりすることもなく、比較的時間通りに運行しているため、通勤通学には適していると言える。また、郊外にはエアポートがあり、ゴールドコーストやサンシャインコーストへの直通路線も出ているため、リゾート地へ向かう観光客が利用する割合も多い。
 しかし、市内中心部やラッシュ時間帯での運行頻度は高いものの、路線が確立されているとはいえ、郊外の多くの地域では運行頻度が低いのが現状である。このため、郊外に住む多くの人たちが日常的に交通手段として自動車を使用しており、朝夕の通勤時間帯は渋滞する道路も多いという課題も挙げられている。
 実際に、私自身がブリスベンに滞在していた時(2007年9月)公共交通機関を利用したが、鉄道を利用する市民は中心部からそれほど離れていない地域のゾーン1~3の人たちが多かった。郊外の駅では、無料駐車場を設けているところが多いものの、利用者はそれほどいない。
 ここで、日本の都市と比較してみると、ブリスベンの人口182万人と同じくらいの人口を有する日本の都市は、北海道札幌市である。この2つの都市は鉄道交通網もほぼ同じくらいの路線が走っている。しかし、札幌市よりも約4倍の面積を有しているブリスベンであれば、鉄道路線のない地域や駅までの距離がかかる地域などが当然多いことになる。その上、ブリスベンは1年を通して穏やかな気候のため住みやすく、年々人口が増えていることから今後も人口が増加していくことは容易に想像できる。このことから、市内中心部ではなく、郊外に住居を持つ人たちも増えていくと考えられ、日常的な自動車の使用率も高くなっていくことから、先でも述べたように交通渋滞が発生することは否めない。
 もちろん、ブリスベンの公共交通は、バスも充実しており、他の都市ではあまり見られないフェリーなども利用できるため、これを強みとし、郊外の地域と最寄りの駅を結ぶバス路線の強化や、フェリーとも連携が取ることができれば、鉄道交通だけでなく、他の公共交通機関の利用促進にもつながり、環境的視点から見ても、郊外での日常的な自動車の使用率が減り、都市内交通と言う視点からも、人の流れがスムーズになりアクセスが非常に便利に充実したものになる。
 同じ人を運ぶ手段として、個別的なもの(自動車など)・集団的なもの(鉄道・バスなど)があり、各々が利点を持ち、課題点を抱えている。

投稿: マフラー | 2009年1月22日 (木) 00時25分

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