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討論会ーー世界観

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察」に関する討論会を企画します。この討論会に関するコメントを募集します。

 なお、コメント欄への投稿は、7月21日から、22日までの2日間だけです。なお、投稿しても、すぐには公開されません。公開はそれ以後になります。

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コメント

21日コメントさせていただきましたが掲載されていない模様。確認していただけるとありがたいです。

投稿: 馬耳東風 | 2008年7月24日 (木) 17時10分

 世界観とは、一般的に、世界を一つの統一体と見て、その意義や価値を把握する考え方、すなわち、世界およびその中で生きている人間に対して、人間のあり方という点から見た統一的な解釈や定義づけのことを指す。
 たとえば、世界観は「自分をとりまく世界はどのようになっているのか、どうして存在するのか」、「自分はどのように世界と関わっているのか」、または、「自分はどのように行動するべきか」などといった疑問を投げかけている。それは、自分の人生観や、生き方と深く結びついており、ひとりひとりの属性(おもに民族・国家・時代・地域・社会・職業・階級など)や環境によってもたらされ、個人の変化とともその人間の世界観も変化していくものと思われる。とくに、世界像は、現在と過去とでは、「つながり」という点で大きく変化している。さらに現代社会では、世界との関連性が薄れ、結果として、やがて世界観そのものが喪失されると考えている。近代以前の社会では、個人よりも家や共同体を重んじ、「人々のつながり」に価値をおいた。また、世代間でのつながり、連続性が大切にされてきた。一方で、現代の日本では、戦後の個人主義の影響が強くもたらされてきた。その結果、自分を取り巻く世界、たとえば周囲の人やモノとのつながりが見失われ、「自分一人で生きている」という感覚に陥る。人は自分一人だけでは生きていけない。家族や生産者などといった人々、さらにはそれらのつながりがあってこそ、はじめて人間らしい生活が可能になる。しかし、人間はそれを意識することなく、自分一人で不自由なしに生きていることが当たり前だという錯覚を持ち、なにげない感覚で日常生活を送っているのではないだろうか。また、世界ではなく、自己=私の探求(自分探し)をする人が増えた。本来は、自分だけで存在する個人はないのかもしれない。だが、個(自分や自分が属する集団など)に偏重し、「自分だけがよければいい」という考えが現れ、自己完結的な世界がもたらされてきた。さらには、世界の領域や分野の複雑化や専門化によって、他との関連性が見えなくなる。結果、「世界とのつながり」を見失い、自分だけの世界にこもらざるをえない。また、世界把握・世界変革の不可能性を知ることで、自分の無力を自覚し、世界の一員であるという自覚が失われ、世界全体に対する関心が薄れていることも、世界観の変化の要因かもしれない。
 後期近代において、世界総体を把握する思想が追放されてから久しい。本来、世界観は、世界や人生はどういうものか、どう生きるべきかを提示し、善悪を含めた価値観や問題解決の手法を知り、ひとりひとりの行動を規定するものとして重要な役割を持つ。だから、個人主義の見直し、個人の変化や世界全体、未来との関連を理解したうえで、「つながり」を中心とした自分自身の「世界観・世界像」を再検討して行かなくてはならないだろう。これは、次世代にわたる持続可能な社会をつくるうえでも重要なことであり、決して個人の問題だけで考えることが出来ない。

投稿: 波乱万丈 | 2008年7月23日 (水) 07時53分

世界観は人間と絶対的他者である自然、社会を媒介するものである。自然、社会に対するあらゆる価値判断の根本概念であると考えられ、その意味において原子的存在である個人の意識と不可分の関係にある。世界の存在は発展し、認識能力をもつようになった。そして、人が自分自体を認識するまでになったとき、世界を再構成する。再構成される世界は、反映された世界観である。全体としての世界自体が、自らを部分としての自らのうちに再構成する。全体から区別される、他から区別する、部分としての運動の発展が、反映する運動自体を反映して、世界を反映、再構成する。他を対象化する、その対象化の関連を普遍化すれば、その普遍の連関に自らも対象化する。他を対象化することで自らをも対象化する関連構造は、他を対象化している単純な関連構造をひねらなくてはならない。自他を単に相対化するのではなく、自他の対称性を絶対的非対称性にするのであり、非対称の次元を超えなくてはならない。鏡に映った自分は向き合ってしまっており、前後または左右を反転させなくては、自分自身と重ね合わせることはできない。ひねった構造は構造の部分的連関では実現できず、構造全体のひねりとして実現される。部分が全体のひねられた構造を受け入れるには、全体を自らのうちに自らではない対象として、再構成しなくてはならない。論理が自らの正当性を証明することは、個々の論理関連をたどるだけでは不可能であり、論理を構成する全体の関連を示さなくてはならない。再構成される世界観も世界そのものの一部であるが、世界そのものではなくなっている。再構成される世界は世界でありながら、世界そのものではなくなっている。全体と部分は重なり合わない。世界は全体であり、再構成される世界は部分、個人によって担われる観念である。どちらからでも他方を説明できねば、一つの世界を説明する一つの世界観にはなりえない。「個人の世界観は個人の経験によって獲得されてきたものであり、だから同じ問いに対して人それぞれに違う答えが出される。だから理解し合わなければならない。」と主張する脳科学者もいる。個別性だけの主張は誤りである。人間は親から生まれ、乳を飲み、離乳し、母語を獲得し、教育を受け、仕事をし、ケガをし、病気になるという普遍的な経験を経ている。生活地域に共通の普遍性もある。同時代性もある。個々の経験は違ってもそれ以上に普遍的な経験がある。普遍的な経験がなければ共通理解など成り立たない。人によって答えが違うが、答えの基礎に普遍性があるから個別的違いが明らかになる。普遍性がなければ答えであることすらわからない。今日の都市生活で自然の普遍的な経験を経ていない子供は、社会生活に支障をきたしてしまう。人間は個々の個人として生活し、生活の中で自分と世界を理解する。個人の世界理解は個別的世界感であり、普遍的世界観ではない。個人が普遍的世界観を構成するには、社会的に蓄積された世界理解の知識を学び、全体の視点から反省しなくてはならない。さらに人類として世界の部分であり、個人として人類社会の一員であることによって可能になる。人は養育されなくては生きれない。人は養育されなければコトバなどの表現手段も獲得できない。表現手段なくして対象を、自らを表現し、再構成することはできない。その表現手段自体が社会関係の中で発展され、普遍化されてきた。表現の内容も蓄積され、内容もより普遍的に発展してきている。社会的、歴史的により普遍的に発展してきた世界についての理解、その表現、その表現方法を継承し、人それぞれの生活において世界の反映を再構成し続けている。多数の、あるいはすべての個人を媒介として「世界を再構成」する超人が存在するわけではない。

投稿: 一日一便 | 2008年7月23日 (水) 00時39分

個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準による考察。この個人が変化するというのは、その個人のものの見方や考え方によって、目の前に広がる世界の見え方、周りの環境が変わってくるということだと考える。例えば、その個人がネガティブな考え方だったりすると目の前に起こる事象はネガティブな方向に進むことが多いし、悲観的になり悪い方にしか物事を進めることができない。その個人の周りにも影響がでる。ハンドボールというスポーツで例えると、10対10の同点。自分たちのチーム一人がファールをしてしまい5分間の退場となった時に、自分たちのチームは危機的状況に立たされる。この時ほとんどのメンバーは個人的にネガティブな考えに立つ。一人少ない分一人に対し2人分くらい守らなければならない。ここで一人がもうだめだ、と考えるとダメな結果にしかならない。今でも絶大な人気を誇る漫画のスラムダンクでのワンシーンで、監督が言う「あきらめたらここで試合終了~…」はまさにそのことだと思う。スポーツは不思議なもので一人の雰囲気が連鎖する。ここで前向きに、「相手は一人少ないから気を緩めているはずだ。隙を突こう」と考えられるかが、世界観の変化の分かれ道だと思う。今まで出していた力の2倍、3倍出せばいい。と前向きに考えるかもうダメだと考えるかによって、個人のものの見方や世界観は変わる。個人がどう考えるかは自由であって、内面的なものは誰からも拘束されない。逆に、個人の外にある万人に共通の世界観、例えば太陽は東から昇り、西へ沈むといった定まったものは変えられない。とは言っても、その個人が太陽は西から昇り、東へ沈むという考えであれば他人がどうこう言っても、個人が内面的に思っていることだから変えることはできない。そうなると、「常識」という言葉の意味についても考えなければならない。しかし、「常識」というのも、その個人個人によってとらえ方は変わってくる。
世界観というのは、その個人が、学校とは何か?生きるとは何か?生まれるとは何か?死ぬとは何か?というようなという問いに対して「それ自体を知ること」ではなく、物事の現象を通して「側面的に知ること」であることに基づいているものだから、そこに常識はなく個人が自由に知ることができる。抽象化された水準であれば、注目するべき要素を重点的に抜き出して、他は無視するものなので、誤った結論にたどり着きやすいともいえる。前述したスポーツにおける個人の変化を抽象化すると、やはり個人プレーとなりさらに悪い状況になってしまう。自然や実社会を相手にしたときは、現実に合わない意味不明な分析、結論に至ってしまうと思う。こういった意味では、前述した、太陽は西から昇り、東へ沈むといったものは抽象化した水準で考えるとおかしなことになる。抽象化すると、一般に悪いと思われていることでも、美化したり、ごまかすことができてしまうので、自己中心的な考えになってしまう。このことから、個人が変化することによって、その世界観も変化する。という個人的かつ抽象化された水準において、私個人の意見としては個人的な水準では良い分析・結果になると考えるが、抽象化してしまうとまったくもっておかしな分析・結果になるのではないかと思った。

投稿: 覇珍虎魂 | 2008年7月22日 (火) 23時49分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察」について、コメントする。
個人の変化によって、世界観が変化する最も身近な例を挙げてみれば、私の地元の水族館ではツブ焼きが隠れた名物のようになっていて、私は幼い頃からそれを好んで食していたが、ある時、なんの機会であの衝撃的な文章を見たかは忘れてしまったが、それは私のツブ焼きに対する食欲を完全に失わせるものであった。それは、水死体に関する記述であった。それは、「海から浜辺に上がった水死体にはびっしりツブが引っ付いていた。」というものだった。この文章を読んだ習慣にイメージしてしまい、それ以来、ツブは苦手な食材となってしまった。しかし、私はそこでこの世界が食物連鎖が常にぐるぐると回り、行っていることを学び、それは、この地球が人間だけのものではないことを学んだのであった。それと共に変化した世界観は、幼い自分にとって自分が目に見える範囲、若しくは、イメージが簡単にできる範囲だけの世界だと思っていたものが、実は、自分の目に見えない範囲、簡単にイメージが出来ない範囲も世界であることを知った体験であった。
これは、「井の中の蛙、大海を知らず」そのものの世界観の変容であったのではないかと思う。
我々、学生にとっての世界観の変容は、同じ色眼鏡をかけて視野が広くなるものがほとんどであろう。しかし、本当の世界観の変容とは、一人ひとりがかけている色眼鏡を変えることである。
以前、脳に関する記述を読んだことがある。人間みんながかけている色眼鏡は、一人一色みんな違うようである。そして、その色眼鏡から視る世界は一人ひとりまったくの別物に映るのである。それは簡単な例を挙げれば、数字のイメージである。『日本人にとって、四は読み方が死に通じることから縁起の悪い数とされていますが、本来は安定を表します。春夏秋冬、東西南北、四天王などはすべて安定や完成を表します。また、一と三に分かれるので、十三も縁起のよい数と考えられています。西洋では、13人が最後の晩餐(ばんさん)に参加したので、縁起の悪い数とされていますが、日本では逆です。十三仏、十三塚などは信仰に欠かせません。』と、数学の権威、秋山仁さんの言葉を借りたが、これは日本と欧米の比較であるが、日本国内の地域間でも数字による違いはある。それどころか、隣近所でも数字のイメージは異なってくるだろう。
数字は簡単な例として挙げたが、この色眼鏡というフィルターを通して視られる世界は数字だけに止まらず、森羅万物、この世のもの全てに当てはまるのである。
では、このとても重要な色眼鏡を変えるのは、若しくは変わるのはどんな時であろうか。それは、人によってはある本を読み、ある文章に感銘を受けたのかもしれない。また、師事する人の言動によってかもしれない。または、何か障害を負ったことによるかもしれない。世界観が変わったと感じるのは、その一瞬のみである。その後にとって、その変わった世界観が、つまり、色眼鏡が不動のものとしてあるわけなので、いつまで経っても世界観が変わったと認識している暇は脳にはないのである。
また、先ほどから世界観を言い換えて色眼鏡としているが、色眼鏡はフレームごと変わるものではない。そのあるものを視るその一部分だけ、色が変わるのである。そうしなければ、日常生活に支障が起きてしまうからである。
ある日、赤信号を無視したため、交通事故に遭い、ひどい怪我をするとても怖い体験したとする。その結果、赤いりんご、赤い風船、赤いタコその他赤い全てのもの怖がってしまったら、とても日常生活をやっていけないだろう。その日常生活は困難になった人を精神障害者と指すのだが、それはさておき、世界観とは大きな範囲で変わるものではなく、小規模なものなのである。
また、世界観は常に気づかないほど小規模なものが日々生じているといっても過言ではないだろう。特に、学生は講義や多くの人とふれあいの仲で世界観は変容しているのである。しかし、気づかないのである。たまに気づくことがある。それを人は「あ!世界観が変わった。」というのである。

投稿: 常務取締 | 2008年7月22日 (火) 23時47分

世界観は変化すると思う。
幼い頃と今とでは世界の見え方が違う。

投稿: 一日一膳 | 2008年7月22日 (火) 23時44分

 自分の生きてきた20年間のなかで、世界感が変わったものを考えたとき、政治などの話とは遠くなってしまうのだが、一番に考え付くのはやはり人生で一番長く続けている野球に対してであろう。特にその中でも特に「捕手」に対しての世界感である。自分は小学4年生から野球をはじめて、現在まで約12年間も続けている。その12年間の中で最も考えが変わったのが「捕手」に対しての考えかたである。野球をはじめた当初は、体が小さいこともあり、ずっと内野手であった。この頃、チームメイトの捕手は体が大きく肩が強い選手であった。自分の捕手に対してのイメージそのままの選手であった。具体的には捕手というのはドカベンの山田太郎のような、太っていて体の大きな選手がやるもので、座って投手の球を受けるだけで、あまり動かなくていい楽なポジションであると考えていた。実際今でもそう思っている人は多いと思う。そのため捕手は大した技術も必要なく、誰にでも出来るし誰がやっても同じだろうと考えていた。しかも投手や内野手のように目立たないので、あまり重要ではないし、蔑んで考えていた。これらは見た目のイメージであるが、捕手の「仕事内容」についても軽く考えていた。先にも述べたが、球を受けることに対しては「ただ捕っていればいい」と思っていた。送球については「肩さえ良ければいい」、リードや配球については「球はバッターが打つものだから投手にどこに適当になげさせてもバッターがヒットを打ったり打ち損じたりするのは運であるから大して考えなくても同じ」と思っていた。しかし、自分が持っていた捕手に対するこれらの世界感は180度変わることになる。自分が、中学3年生になったとき同じ年齢のチームメイトの中に捕手がいなかったため、監督から捕手をやってくれないかと頼まれた。自分は体の小さいし肩も弱いので自分でいいのかと疑問に思ったし、正直「地味でつまらないポジション」であるからやりたくないと思った。しかし、とりあえず嫌でもやってみることにしたわけである。このときを境に以後、現在まで自分は捕手というポジションを続けることとなった。この約7年間の中でやればやるほど捕手に対するイメージは、「重要で非常に面白いポジション」に変わっていったからである。自分が内野手から捕手に変わって最初に変わったイメージは、「楽である」ということである。捕手は、重たい防具をつけて、座る立つ動作を繰り返し真夏でも長袖を着なければならないし、ヘルメットの中が非常に暑くなるため予想以上に過酷であった。高校にあがり、捕手について勉強をしていくたびにそのイメージはさらに変わっていった。全道大会や社会人野球を見に行くと、ほとんどの捕手はイメージのような太った選手ではなくスマートで機敏な選手ばかりであった。野球のレベルが上がるにつれて投手の直球のスピードや変化球のキレが格段に上がる。しかもその球が横にそれようがワンバウンドしようが必ず止めなければならない。そのために捕手は機敏に反応して動けなければならないのだ。さらに「球を受ける」ことについて。ただ捕ればいいと思っていたのだが、キャッチングの技術の良し悪しよって投手の気持ちよさ、投げやすさや審判からの見え方が格段に違うことがわかった。送球も、ただ肩が良いだけでは盗塁は刺せない。機敏な反応や、捕ってから投げるまでの球を持ちかえる技術が必要とされる。つまり、逆に言えば多少肩が悪くても捕手は務まるのだ。一番大きく変わったのは、「リード」についてである。適当になげさせても良いと思っていたのだが、これが実に奥が深いもので、緩急やコースを組合せて狙い球を絞らせなかったり、バッターの苦手な球種を投げさせたり苦手なコース突いたり、バッターの反応やタイプを見て考えたり、ピッチャーがいかに気持ちよくそしてそのとき持っている能力を最大限に引き出せるか、はたまたその場面では何を打たせるかなど様々な情報を組み合わせて最適な答えを導きだすことが捕手には求められるのである。他にも、野手に指示をしたりなど、捕手の仕事は様々で、どれも重要なことばかりである。楽天の野村監督が「強いチームには良い捕手あり」と言うように捕手というポジションはチームにとって非常に重要な存在であり、決して誰にでも出来るようなポジションではないのである。このように、自分が捕手をやる前に持っていた捕手への世界観は自分が捕手になることになって大きく変わり、今では全く逆のものになったのである。当初は蔑んで嫌々やっていたが、今ではやりがいのある非常に面白いポジションである。今回のケースのように、自分が体験することによってそのものに対する世界感が変わるということは多い。

投稿: 特命係長 | 2008年7月22日 (火) 23時42分

「世界観」というものは、人生観よりも広い範囲の意味を包含し、さらに、人生観や生き方と結びついているために多種多様であり、個人個人で異なるものである。これは「世界観」の根底には個人の生活体験や生活環境による、そのときの「気分」などといった情感的な部分を基礎としていることに理由がある。もしまったく同じ生活をしてきた人間がいたとすれば、同じような世界観になる可能性はあるかもしれない。しかし、誰かとまったく同じ生活をして、同じ体験をして、同じ感情をもった人間というのはいないはずである。したがって、世界観というものは人それぞれ異なるものなのである。このことから、個人の生活スタイルの変化や価値観の変化などにより、世界観もともに変化するといえる。
世界観が異なれば、ある問いかけをされた場合の答え方も、個人個人で異なってくる。
「環境破壊とは何か?」という問いがあるとしよう。簡単にいってしまえば、環境が破壊されること、で終わりである。だが、個人によって「環境破壊」に対する考え方は異なるだろう。これは世界観の違いから起こるものだと考える。私は環境破壊とは、人間たちの身勝手な行動によって引き起こってしまった、早急に解決しなければならない問題だと考えていた。しかし、講義などで環境破壊について詳しく学んでいくうちに、考え方が変化してきた。まず、環境破壊という代償なしに、私たちは今の便利な生活を送ることができないということ。環境を保護しなければならないということは頭では分かっているが、実際に何をしていけばよいのかわからないこと。環境を守ることと引き換えに、今の便利な生活を捨てなくてはならないとわかったとき、私は「環境破壊」は仕方ないことであると考えるようになってしまった。ただ環境破壊について知っているだけ、知識を持っているだけだは何の解決にもならないと知り、諦めてしまったのである。これは私個人の考えであるので、他の人たちはもっと違った考え方をするだろう。
同じように「なぜ芸術や音楽があるのか? 」についても考えていきたい。私は幼稚園から小学校卒業まで、ピアノ教室へ通っていた。だが、何のために音楽をやっていたのか、今ではわからない。習っていた当時は「楽しいから」といった単純な理由でピアノを続けていたように思う。しかし、今となってはあまり意味のないことだったように感じてしまう。ピアノをやめてからは当時のように楽譜を読み取ることはできない。何も身についていないのだ。音楽や芸術専門の学校に進学したいと考えている人には音楽や芸術は必要なことであろう。 しかし、一般の人たちには高校や大学の受験科目になっているわけでも就職活動にも関係ないので、必ずしも音楽や芸術が必要であるとはいえないのではないか。
これこそが世界観の違いによるものではないだろうか。
世界観は、その現実をみることから導きだされる倫理的な価値観や認識論を含むので、上に挙げた「環境破壊とは何か?」という問いと「なぜ芸術や音楽はあるのか?」という問いに対する考え方の違いは、これによるものであると考える。
初めにも述べたが、世界観は人生観や生き方と結びついていて、さらに個人の生活体験や生活環境を基盤としている部分がある。したがって、個人個人で世界観が異なりそれらが多種多様であることはもちろんだが、少しの環境の変化などによって個人の世界観が変化することも、また、当たり前であるといえるだろう。

投稿: 俺乃函館 | 2008年7月22日 (火) 23時39分

私は環境科学の学生であるが、私が環境について学ぼうと思ったきっかけも今回の討論のテーマである「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」に当てはまる。だから今回はそのことを題材にし、今回の討論に参加しようと思う。
 私が高校3年生のとき将来大学で外国語と環境のどちらを学ぼうかずっと決めかねていた。外国語は英語が好きだという安易な考えから英語の先生になろうと思っていた。環境は小・中学のときに学校の活動で環境に関する様々なことを学んできたからである。しかしある日テレビで世界の環境問題の特集の番組を見て、今世界で起きている環境問題の深刻さを知り、私の中の考えに変化が出始めたのと同時に大学で環境科学について学ぶことを決めた。環境科学を学ぼうと思い始めてからは受験勉強そっちのけで環境の本ばかりを読んでいた。森林破壊による砂漠化、フロンガスにオゾン層の破壊、自動車から出る排気ガスによる酸性雨、産業廃棄物、海面上昇、ごみの焼却・埋め立ての問題点など基本的な環境問題について勉強してみると、今までどうにかなるだろうと思っていた世界の環境問題が実はもう後戻りできないところまできていることを知り環境問題に関する世界観が変わってきた。
 2つ目にたばこについても今回の討論のテーマと一致するところがある。私は小さい頃から父親が吸うたばこが嫌いで車の中で父親がたばこを吸うとすぐに窓を開けて換気したり、夕食後に居間で父親がたばこを吸うとすぐに自分の部屋に戻ったりくらいだった。「自分の命を削ってまで国に税を納めるなんて馬鹿らしい。」とずっと思い続けてきた。しかし去年私が20歳の誕生日を地元で友達に祝ってもらった時に友達に記念にたばこを1本もらって吸ってから今はたばこを吸うようになってしまった。地元の友達や大学の周りの友達もたばこを吸っているのも原因かもしれないが昔あれだけたばこを嫌っていた自分の中に確実な変化が起き、たばこに対する世界観も変わっていた。私は本州出身で地元に帰る時に特急列車白鳥に乗って帰っているが、私が1年生の時は喫煙車両があって私はそんな車両はいらないと思っていた。それが私が喫煙者になった頃にはその喫煙車両がなくなっていて「喫煙車両は禁煙者に迷惑かけていないのに無くす必要はなかった。」と昔とは真逆の考えになっていた。大学の喫煙所廃止についても同じ考えである。大学の喫煙所も1つの部屋として区切られていて、たばこを吸わない人にも迷惑をかけていないのになぜ無くしてしまったんだろうと思う。私は1日の講義数が1~2つくらいしかないのであまり影響がないが、喫煙所がなくなったことで外でたばこを吸っている学生を見たことがあるし、喫煙所を廃止してから敷地内のたばこの吸い殻が明らかに増えている。喫煙所を無くしたことによって得をする人なんて誰もいないことなんて廃止する前から明らかではなかっただろうか。たばこの増税の話についても同じである。もし私が禁煙者だったらたばこの値段はいくらでもいいと思ってしまっただろう。他の禁煙者もそのように思っているだろう。しかしながら喫煙者という立場からたばこの増税について考えてみるとこんな馬鹿らしい話はあるだろうか。例えばたばこが1,000円に値上げされた場合、それまでたばこを吸っていた人はつらい思いをしてたばこをやめなければならないだろう。またたばこ産業にとってもいくらたばこを増税したところで吸う人が減ると産業内の収入は減り、逆効果になるではないだろうか。たばこを吸っていなかったら喫煙者の肩身が狭くなっていく現状を当たり前のように思っていたかもしれないが、喫煙者の立場からこのことについて考えてみると、ここまで喫煙者の立場を狭くする必要があるのであろうか。子供への悪影響や危険性を考えると歩きたばこについては条例で禁止している自治体については納得が出来る。しかし新幹線や大学の敷地内を廃止するのはいきすぎだと思う。
 以上のことが私が最近体験した2つの事柄を例に、個人が変化することによって、その世界観も変化することである。

投稿: 十人十色 | 2008年7月22日 (火) 23時24分

どうもこんにちは、生徒Xです。
それではコメントしたいと思います。
 『個人が変化することによって、その世界観も変化する』ということについて私なりに解り易く噛み砕いた結果、『自分の心身や身の回りに起きたことから影響を受け、自分の考えや価値観が変わる』ということであるという結論に至ってしまいました。
 これはとても個人的で抽象的な意見だと自負しております。
価値あるコメントができて嬉しい限りです。
では

投稿: 犬沼豆麺 | 2008年7月22日 (火) 23時19分

私は「個人が変化することによって、その世界観も変化する」について、私は個人の服装が分かりやすいと考える。服装は個人の好きなテイストやどういう風に見られたいかなどを示すと考えるからだ。例えばそれまで女の子らしい服装を好んでいた人が、ヒッピー系の民族系の服を着てきたら、彼女の世界観が変化したといえると考える。これは彼女の中でヒッピー的文化(服装に限らず歌手など)が一番素晴らしいと感じられる世界観が出現するのではないかと私は考える。

投稿: 相思相愛 | 2008年7月22日 (火) 23時13分

私の小さい頃、世界はとても小さく、それでいて無限の広さをもっていた。
確かに、小さい私が知っている世界と言えば、所詮家の中と玄関先のゲートボール場、その程度だった。が、その反面「世界」世界という言葉に対して、有限性を全く感じていなかった。
つまり、自分の生活空間として世界を規定すれば、今も昔もたいして変わりがない。せいぜい母に手を引いてもらうか、自分の自転車を走らすかの違いである。ちなみに、部屋の大きさだけでいえば、今の方がよほど小さいと思う。しかし、世界を認識できる空間として規定したとき、そこには今と小さい時で決定的な違いを感じる。
今の私にとっての世界とは、この地球全てが限界である。それは、自分がそう認識したからであり、認識した時点で世界の広がりに限界がきたからだ。
これが、昔の私(以外の子供も)ならば、世界に決して限界を感じはしない。日々新しい世界を認識しながらも、そこが終わり(限界)とは感じないからである。
無論、意識してのことではない。しかし、だからこそ限界を感じず、無限の世界を持ち続けることができるのだろう。そのことに、アイロニーを感じないでもないが、そういうことだと私は考える。だいたい、小さい時からそんなことを考えていたとしたら、それはただのマセガキと呼ばれるものである。
知人Aに「他方で小さい頃とは違い、今は政治、経済、外国、学校といったある種「世界」ともいえるものを認識できる。これは世界の広がりではないのか」と口を挟まれた。
そう考えることもできるかもしれない。しかし、私はこの考えは好きではない。決して、否定しているわけではない、ただ気に入らないだけだ。先に、私は世界を認識できる空間として規定した。そして今の私にとって、世界とは政治、経済、外国、学校を含んだものなのだ。逆に、そういった具体性を持たせた分、より私の世界は限定的である。
これが小さい頃なら「ぜーんぶ」で片付く。字数でこそ負けているが、後者の方がより抽象的であり、大きな世界だと私は思う。
「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察」
このテーマに、全く合致していない気がひしひしとするが、ここに述べたことが私にとっての今と昔における世界観の変化である。

投稿: 黎明 | 2008年7月22日 (火) 23時12分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」ということについて、まず、個人の変化について私の考えを述べる。
 個人の変化とは、「私」という人間が誕生し、まずはじめに、家族という集団に出会う。その中で基本的な「私」という人間が形成されていく。それが初めの世界観となると思う。そして、成長するに従って、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、社会へという風にさまざまな集団と関わっていく。そのさまざまな集団の中で、さまざまな人と出会う。その出会ってきた人たちもまたそれぞれの世界観を持ち合わせている。そのさまざまな世界観が「私」に組み込まれていくことによって、「私」の世界観も様々に変化していくのだと考える。
 私は、小学校や中学校の国際交流の時間にロシアの人と触れ合う機会があった。そのとき、ロシアについての文化など全く知らなかった私は日本の生活との違いに驚いた。そして、私が普通の生活だと思っているのは、日本でのみ通用することであって、世界に出たらそれが普通ではない国もあることに気がついた。このロシアの人たちとの交流も世界観の変化の一つであったと私は考える。私だけでなく、交流にきたロシアの人たちも日本に対する考えの変化によって、その人の中での世界観の変化があったかもしれない。
 個人の変化を中心に述べたが、これは社会の変化についてもいえることだと思う。人間の存在、生き方、生活が社会を日々変化させ、社会に対する働きかけとして、人間の生き方は社会において表現されるのではないだろうか。人間は、社会に対する働きかけそのものを変革することにより、自分自身をも変革することができる。自己の変革は社会に対する働きかけ方を変えることであり、自己変革の成果は社会に現われる。要するに、個人が変化することによって、世界観も変化していき、その影響が社会の変化であると考える。個人の変化による世界観の変化は個人的なものだが、社会はその個人が集まってできた集団であるため、社会の変化は、一般的な世界観と言えると私は考える。

投稿: 一日一個 | 2008年7月22日 (火) 23時02分

今回のレポートではまず自分のことを例にして書いていく。小~中学生くらいのころに比べ、世界についての見る目は変わってきているように思う。こういった頃には世界はもっと単純なものだと思っていた。しかし、今こういった世界など様々なことについて考えると、決して当時考えていたように単純なものではないとわかってきた。まず戦争の原因などについてだが、幼少期などでは悪を倒すためなどといった理由だと思っていた。しかし、中学生くらいから戦争が起こるのには宗教問題などといった民族紛争や、石油の利権などといったように単純に正義や悪と分けることの出来ないものだということに気づき始めた。場合によっては正義を語る側のほうが、悪であるというようなこともあるということもわかった。やはり年を重ね、様々な知識を得ていくことによってこういったことに対する世界観も変わっていくということがわかった。こういった世界観をかえ、より深い考察などが出来るようになるという点では、大学というものはとても重要であると思う。大学ではそれまですることがないような学習が出来るため、確実にそれまでの世界観とは違う世界観になるだろう。自分自身、紛争などの要因については大学で得た知識に拠るものが多い。また戦争以外のことについても世界観は変わってきた。まず社会についてのことである。進学や就職についても、幼少期は自動で進学、就職できると思っていた。こういったことも年を重ねることで、社会についての厳しさや進学・就職の厳しさも知っていった。こうしたことで、社会についての世界観も変わっていった。ただこれまで述べた社会についてのことは、戦争についてのことの複雑さに比べれば単純であるため、世界観の変化は少ない。また、就職などについては本格的に考え始めた時期が遅く、本格的に考え出したころにはしっかりとした知識を得ることが出来ていたため、なおさら世界観が変わるということは少なかった。戦争についてのことは、ニュースなどで幼少期のころから聞いていたため知ってはいたが、こういったことの深い知識については徐々に得ていったため、徐々にこのことに関する世界観は変わっていった。こういったことから、そのものの興味や情報量によって世界観の認識は異なっている。そのためものによって世界観の変化は異なり、大きく世界観が変わったものもあれば、大きな変化のないものもある。世界観にはこういったこともあるように思う。興味をひき、そのことについて探求していこうと思い、知識を得ていくことでその世界観は頻繁に変化していくことだろう。こういったことから、まず自分が成長し年を重ねるということによりその世界観は変わっていく。これは、その年を重ねるなどといった過程において様々な経験や学習が出来るからである。学問の面で言えば、小学校~大学までのあいだに多くの知識を得ることが出来る。こういったことで世界観は変わっていくだろう。また、先述したようにこの小学校~大学という過程においても、学問のレベルが徐々にあがっていくことで常にその世界観は変わっていくことだろう。さらに学校を卒業し社会に出ることで、学生の頃には得ることが出来ないような知識や情報を得ることが出来るので、社会に出ることでも世界観はかわるだろう。また、年齢の違いによる世界観の変化以外のものでも、世界観の違いはあるように思われる。それとして、気分によるものの世界観の違いであると思う。例えばある人間を見たとき、その日の自分の気分次第でその人がたいした人に見えなかったり、嫌な人に見えたりするかもしれない。しかしそのときとはまったく違う気分のときにその人を見れば、その人がとても魅力的に映るかもしれない。こういったことによっても、その人個人の世界観は変化するかもしれない。そして晩年になればおそらく大きな知識の変化などはなくなり、この年代になることでその人の世界観は確定することになると思っていいだろう。この瞬間世界観の変化は終結し、おそらくその人からはその人の抱く完全な世界観を聞くことが出来るだろう。この状態こそ、人間としての知識の一つの完成型とも言えるものだろう。人によっては、それからも世界観は変わるかもしれないが、たいていの人はこれで世界観は完成するように思う。世界観はある物事について最初期に興味を持ってから、完全な世界観を持つようになるまでその人の世界観は絶えず変化し続けるように思う。これによりまったく違う世界観になったりもするだろう。こうした世界観の変化を経験していくうちに、人間は様々な知識を得て成長していくように思う。世界観の変化こそ、まさに人間の成長の一部分であるように思う。

投稿: 天下無双 | 2008年7月22日 (火) 23時01分

 「個人が変化することによって、その世界観も変化する」この意味を考えてみる。まずは、個人が変化するときの例を挙げて考えてみよう。
 例えば、生まれて二、三年のまだ赤ん坊だった頃の自分と、今、生きている自分とを考えてみよう。その前に、「変化する」とはどのような変化を指すのだろうか。または、何でも変わったと感じられればいいのだろうか。肉体的変化、精神的変化。大きく分けてこの二つに分けられると思うが、この二つは非常に密接に関わっていると考えられるので、どちらか片方だけというのは考えづらい。だから、どちらの場合と決める必要はないように思う。だから、赤ん坊だった頃から、今の自分に至るまでに「私」個人は確かに「変化」したと言うことが出来るだろう。
 それでは世界観はどうだろうか。そもそも、世界観とは一体何か。世界観とは、「世界を全体として意味づける見方。人生観よりも包括的。単なる知的把握にとどまらず、より直接的な情意的評価を含む。」(岩波書店 「広辞苑」第五版より引用)となっている。つまり、本当にかいつまんで端的に言うと、「世界とはどういうものか」ということになると思う。では、私個人の話に戻る。私が変化したのは確かだと上で述べた。世界観ももちろん変化している。私は、というより赤ん坊ならばほとんどそうであると思うが、世界観など持っていないに等しい。なぜなら彼らの生活する世界は、家族、友達という狭い枠組みの中でしかなく、また情報によってでもそれらの外側を知ることは、ほとんど不可能であるからである。それに対して、現在、今生きている私は、今までたくさんのことを見てきた。そして、聞き、学び、経験し、私が生活する「世界」も格段にあの頃と比べて広がっている。その中で「世界観」は変容を遂げてきたことは確かである。
 では「個人が変化することによって、その世界観も変化する」ということは成長するということになるのだろうか。いや、私は違うと思う。「成長する」以外にも個人が変化することは大いにあり得るからである。例えば、生まれてから一度も雪を見たことのないない人が、雪を見たとしよう。それだけで、その人の世界観は変化するだろう。また、結婚したらきっと世界観は変わるだろう。今大学生の自分が、卒業して就職したら、きっと世界観は変わるだろう。
これらのことから、さっきは「たくさんのことを見て、聞き、学び、経験したことによって成長し、世界観が変わった」というようなことを書いたが、その中で大事だったのは、成長したことではない。その中の一つ一つの小さなことが大事なのであると考える。何か自分に対する刺激が大切なのである。もっと言えば、刺激よりも、それによって自分の中で考え方や、ものの価値観が変わることが大切なのである。それによって、自分の中で「世界」というものの認識の仕方が変化するからである。個人が変化することということはつまり、自分の考え方が変化することである。そして、世界観というものは、世界とは一体何かという認識である。加えて個人が変化するのは、何かきっかけが存在し、そのきっかけは、例えば函館のように雪が降ることが普通のところに住んでいる人が、雪を見てもなんとも思わないように、人それぞれである。そして、きっかけは何回訪れるかわからないし、程度も違う。
だから、「個人が変化することによって、その世界観も変化する」ということは、つまり世界観は非常に個人的な認識であり、一つの定まった世界観というものはないということである。

投稿: 自由ヶ丘 | 2008年7月22日 (火) 22時57分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察」                      
カミジ

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」ということについて、前近代社会と近代社会の仕組みの変化に伴って、個人が変化しそれにまた伴って、世界観の変化が生じるということについて説明する。
前近代社会は近代社会とは違う世界感を作り出した。前近代社会は身分制社会であり、ある家に生まれた個人はその家柄、職業、性別、第一子かそれ以外かなどで生まれたそのときから、その個人の運命が決まっていた。しかし、近代社会は自由を獲得したので、個人の職業選択、生き方の多様性が可能になった。
抽象的な人間というのは、前近代社会にできた具体性、を無化した人間である。よって、近代社会における人間である。具体性をいうのは、前近代社会での明確に個人を定義できるということである。(○○の家系に生まれたひとは△△である、というようなことである。)この具体性を無化し、具体的に定義できないのが近代社会の抽象的な人間である。
近代社会に生きている私たちは、あらゆる職業に就くことができ、好きなときに結婚できるようになり、選択の自由を得ることができている。それは単純に昔と比べたら幸せだと感じる。
しかし、完全に自由化かと言われればそうではないことに気づく。国民全体が東大に行けることは絶対ない。社会にでると全員が満足のいく収入を得ていることも皆無である。東大に行くことは、本人の努力もあるが、小さい頃から必死に勉強できる環境に個人が置かれていたという親のおかげが大きい。個人の力、能力の差、親の力、近代社会でも身分社会のように明確には表されないけれども、差別というか階級があり、完全に自由ではない。
例えば、結婚についても同じようなことが言える。昔は、お見合いや「○○歳までに決められたひとと結婚」など明確に決められていたが今は、仕事をする女性、管理職についてバリバリ働いている女性も増え始めている。最近のドラマにもあるように、「アラフォー」=「Around 40」といって、婚期が40代近くの女性が増えてきている。確かに少し前は「三十路」、やドラマでも「29歳のクリスマス」など、30歳付近が適齢期と言われてきたが、それよりもさらに晩婚化の傾向にある。このことからしても社会において自由な選択の可能性(女性の社会への積極的進出)があると晩婚化が進み(個人の変化)、価値観が多様化する=抽象化された人間の増加(世界観も変わる)ということが今の社会に出てきている。
しかし、一方で結婚を早くから望む女性や男性にとっては、価値が多様化しているのでお互いの結婚相手との出会う確立、出会う確立が少ないということも言える。一方では選択肢が広く、一方では選択肢が狭くなっている。したがって、自由な社会といえども完全に自由ではなくて制限がついてしまう。よって、近代社会は前近代のような身分制社会ではないが、完全に自由な社会とも言えなく、具体的な水準が定義しにくい。水準が抽象化されている社会である。
その水準とは、定義しにくい。理由は近代社会からは、選択の際に個人による意志が含まれるようになり、その度合い(個人の意志が含まれる度合い)が年々増しているのではないか。ますます水準が定義しにくく思われる。もしかしたら、前近代社会も近代社会も、明確な水準を持っている、変わらない社会であるが、ただ法的な拘束の強い弱いで、個人の意志が強調され、あたかも自由な社会に見えているだけなのであろうかと考える。

投稿: kamiji | 2008年7月22日 (火) 22時49分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察。」今回はこの題について考えてみようと思う。
 そもそも世界観とは何か。調べてみたところ、世界の諸問題、すなわち、「世界とは何なのか」、「どうして存在するのか」、「そのなかで人間はいかなる位置を占めるのか」、「自分に課せられた使命は何であるか」、「自分のできることは何であるか」などの問いに答えようとするものである。ということであった。簡単なことを言っているようで考えてみると意外に深い意味合いを含んでいる。例えば、「どうして私は存在するのだろう」といったようなことは、誰しもが考えたことのある問題だと思う。しかし結局は答えが出せないのが普通である。しかしその点で哲学者は答えを見つけ出すのである。しかしその答えは誰一人同じ答えになる人はいなかった。このような点から考えてみると、世界観は多種多様であると言える。また、私の考えとしての世界観とは、自分が中心となって周り(世界)を見たときにどのように感じるか。というのが私の世界観の考えである。たぶん調べたことと似たような答えになっていると思う。また世界観は、いろいろなところに住んでいる人たちで比較してみると、同じ世界観を持っている人はそんなにいないだろう。というのも私の世界観についての考えである。例外としては、宗教団体や民族団体などが挙げられると思う。宗教団体には、イスラームのように正しいとされる生活様式がイスラーム法などで決まっているためで、民族団体にしても、何らかのその民族内でのルールないし、しきたりが決められているからである。このようなことより、世界観とは多種多様で、個人個人によって決められるものであると思う。
 そこで、「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」について考えてみると。まさにその通りであるということしか言えない。個人が変わる、つまり個人の考え方が変わるという風にして考えると、多種多様な世界観は変わらないわけがないだろう。ここで自分自身の経験を例にしてみる。私はサッカーをやっている、小学生のときはただがむしゃらにボールを追い、相手側のゴールにボールを入れるということを一番に考えていた。しかし小学生高学年、中学生になると、監督または先生に何か助言をされると、一気にサッカーというものの世界観が変わったのを覚えている。役割分担である。つまりサッカーで言うポジションの設定である。サッカーに関しての視野が広くなったのもこの時期からである。また世界のサッカーの有名人たちは誰一人として、同じ名言を残さない。それはサッカーに対する価値観、世界観が個人個人で全くことなるからだと思う。ここでは個人が存在すれば、その個人が存在するだけの世界観がある。ということが言えると思う。しかし、私はあの人と同じ世界観を持っている。というような批判もあると思う。しかしそこでよく考えてもらいたいのは、まず自分の世界観はどのようなものであるか、ということと、相手の世界観がどのようなものであるか、を知らなければそのような批判は言えないから、まずこの批判は不可能であると言える。
 以上のことより、「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」ということの考察は、まず世界観は、個人個人の体験や、その個人が生きてきた環境によって、一人ひとりが異なるものであるといえる。だから個人が変化すれば、その世界観も変化するということは必然的なことである。少なくともわたしは、こう解釈した。

投稿: 一日五食 | 2008年7月22日 (火) 22時41分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する」ことがあるのではないかと思います。
私は、この議題を考察する際に一番最初に浮かんだ作品があります。「アルジャーノンに花束を」という作品です。テレビドラマにもなったのですが、これは知的障害を持った一人の男がある実験材料として選ばれ、どんどん頭が良くなっていくという話です。最終的には元の知能指数よりも更に低くなってしまうのですが、作品中で彼の「個人」というのはどんどん変化し、それに伴って世界観も変化しているように私は思います。知能指数が上がり多くの知識を身につけたその男は今まで理解出来なかったことがどんどんわかるようになり、ものごとを感情的にではなく論理的に理解したり、並の知能指数の周囲の人間に対しての接し方も変わってくるのです。ちょっとストーリーの説明が長くなってしまいましたが、個人の成長や環境の変化等で自分の生活が変わることによって、今まで持っていた世界観が少なからず変化するのではないかと思います。
ですが私は逆もあるのどは?という疑問も持ちました。人にはそれぞれ違った世界観というのがあり、それは十人十色です。違った世界観を持つ者同士が会話をしたならば、共感

投稿: 西高東低 | 2008年7月22日 (火) 22時35分

世界は悲しみでできている。その悲しみの程度は大・中・小と様々で、しかし、計り知れなくあり、種類は多彩である。例えば、欲しい物があるとする。しかし、お金がないため買う事ができない。また例えて言うならば、意中の人が振り向いてくれない、身近な人の死、受験の失敗などがある。自分の望みが叶わない場合、何かを喪失した場合など、その後にたどり着く気持ちは「悲しみ」であると思う。新聞を開くと、死亡欄に毎日誰かの名前が載っている。何月何日に亡くなり、通夜・告別式は何日何時からで喪主は誰で。亡くなった当人の気持ちはわからない。しかし、遺された人達は、一部の人達を除いて大抵は悲しみに暮れているだろう。殺人事件や交通事故も毎日の様に新聞に載っている。それらに関係のある人達は悲しんでいるであろう。自分の幼かった時の悲しかった出来事を思い出すとする。しかし、これといって思い出せない。その頃は、それなりに悲しく思う事柄があったのかもしれないが、思い出せないという事は、あまり大きな悲しみを感じていなかったのだと思う。それから年齢を重ねていくうちに、悲しいと思う事が多くなってきた。自分の周囲の人達の悲しむ姿を見る機会も生じてきた。悲しむということを知り、また、他人も悲しむということがわかってきたのである。報道番組では、戦争だの自然災害だので知らない国の人々が映し出されており、彼らは泣いたり、叫んだり、神というものに祈ったりしている。きっと悲しいのであろう。自分の周りだけでなく、知らない国の人々にも悲しみが襲っているのである。人種・性別・年齢・地位・地域・時間など、そんなものはお構いなしに悲しみはやってくる。確かに、喜びや楽しみもあるのかもしれない。だがしかし、それは悲しみの前ではとても小さな存在で、それはいつも悲しみによって簡単に潰されてしまう。あっけなく。全ての物は悲しみの前では無能なのだ。そして、人々は、悲しみから逃れるために希望を抱く。だがそれは、叶わない場合が多い。そしてまた、希望を抱くがやはり叶わない。その繰り返しの毎日で、日常でそれが現実であるのが世界というものなのである。人間は悲しみという事象に操られて生かされている存在なのかもしれない。自分達が生きている世界はこんな世界だ。そして、悲しみに対しての抵抗として、「まぁ、いいか。」と考え、何とか悲しみと折り合う世界なのである。

投稿: つるみ | 2008年7月22日 (火) 21時51分

 「個人が変化することによって、その世界観も変化する」というのは、個人の考え方や思考、ものの見方など様々なものが、それまで生きてきて経験したことや体験したことなどによって変化し、それにともなって、その個人の世界観も変化していくものだと考える。
 私たち人間は、物事を理解したり、判断したりする際に、“ものさし”というものを当てはめて個人の考えを持つ。ここで言う“ものさし”というものは、先でも触れたように今までの経験や体験によって、それまでに持ち合わせていなかった新しいものの見方や視点、考え方などを身につけ、それを生かして物事を理解し、そのひと個人の考えを持つということを表している。この“ものさし”は、たくさんもっていると1つ事柄に対して、多くの“ものさし”を当てはめることが出来るので、広い視野で考えることができる。ここで述べられている個人の変化とは、そのひと個人のものの見方・とらえ方の変化であり、それが変化することにより、世界観を含めた、様々な観念がその人の考えているように変化していくことだと考える。
 多くの人たちは昔(幼い頃)、物事を深く考えることもなく、目に入ったもの、耳にしたものをその情報として覚え、その事柄をとらえていたのではないだろうか。その為、世界というものをそれほど認識していなかっただろう。私自身、世界はただただ広く大きいものだという程度にしか思っていなかった。日本人以外は全て外国人として認識するくらいで、日本以外にどのような国があるのかも知らなかった。徐々に学校に通うようになり、世界地図を見たり、授業で世界にはどのような国があるのかを知り、世界史を学ぶようになり、どのような国が先進国と言われているのか、どのような国が発展途上であるのか、ここの地域・国では数年前まで内戦が起こっていたり、治安が悪かったり、世界で問題となっていることや課題となっているものなども知った。また、他国の文化や歴史、情報なども学ぶ中で、自分の住んでいる国以外の世界にある多くの国々の現状(イメージ)も掴め、自分なりの世界観を形成するようになった。それは常として世界が変化し、個人が変化することによって世界観も変化していくものである。
 そして、何より個人の世界観が変化することは、「百聞は一見に如かず」、実際に世界に出ることである。聞くのと見るのでは大違いである。そのひと個人の生活してきた国を離れ、他の国で生活してみること、行ってみることで、大きく個人のものの見方・とらえ方は変化する。そして、世界観も変化する。実際に私自身もそうであった。それまでは世界というものに距離を感じていたが、他国で生活するという経験をしたことによって、それまでより世界を身近に感じるようになった。そして、今まで自分になかった“ものさし”を多く身につけることが出来た。
 「個人が変化することによって、その世界観も変化する」ということは、個人が成長していくにあたって自然なことであり、物事を考えるという行為を深く、また広くとらえられるようになっていくということでもある。
 様々な経験をし、それによって個人の物事に対する尺度が変化すれば、その人の主観・考え方も変わる。その中にはもちろん世界観も含まれ、その世界観も変化するということである。

投稿: 健康第一 | 2008年7月22日 (火) 21時46分

世界観とは、世界の諸問題、すなわち、「世界とは何なのか」、「どうして存在するのか」、「そのなかで人間は いかなる位置を占めるのか」、「自分に課せられた使命は何であるか」、「自分のできることは何であるか」などの問いに答えようとするものである。したがって、世界観とは、人生観や生き方と結びついた世界に対する態度およびその表明であるとみなすことができ、それゆえ、世界観はその個人が属する民族、国家、時代、地域、社会、職業、階級などによってきわめて多種多様であって、極端にいえば個人個人の体験や環境によって、一人ひとり全員異なるものである。しかし、それが「世界観」と呼ばれる限りにおいては、個々人によって異なる世界観も共通の構造をもっている。つまり、根底には各人の生活体験に由来する「気分」や「現実把握」といった情感的な部分があり、それを基礎として、その時代、その社会の客観的な知の集積としての「世界像」がその上に立てられる。世界像とは、世界を外から眺めるような態度であり、そこでは、世界はあくまでも客観的な分析の対象であり、論証等によってしばしば修正される性格のものである。それに加えて、「理想」や「善」などの意志的側面、行動原則など実践の指針が与えられて「世界観」が形成されるのである。
哲学的な定義による世界観は、物事を「知ること」がそれ自体を「知ること」ではなく、物事の現象を通して側面的に「知ること」であるという考え方に基づいている。この現象を通して「知ること」とは人間の側に知識として物事そのものである物自体を提供せず、現象をとおして側面的に理解された「像」としての世界観を提供するにとどまるとされる。さらに世界観は、その現実をみることから導きだされる倫理的な価値観、そして認識論を含む。世界観の批判はもう一つの世界観によって行われる。したがって近代以降、哲学的な物事の理解には必然的に世界観が伴うとされ、現代においても哲学論争が主に世界観の対立という形でおこなわれている。
世界観は人間と絶対的他者である自然、社会を媒介するものである。自然、社会に対するあらゆる価値判断の根本概念であると考えられ、その意味において原子的存在である個人の意識と不可分の関係にある。個人を世界に投げ出されたアトム的存在とみるならば、世界は個人にとって絶対的他者である。個人とおなじくアトム的存在である別の個人との関係性でさえ、世界と同じ絶対の他者的関係性をもつ。この意味でわれわれは常に他者との関係性という限りにおいて世界を評価することになる。世界が絶対的他者であるならば、われわれにとって世界との完全な同一化は不可能である。これは世界の理解に一定の限界を認めることであり、不可知論を伴う。世界観とはこのような不可知論的立場で最終的には解決されえない個人と世界との自他性を解決するために措定された、人間の意識レベルにおいての世界の何らかの投影像である。世界観がしばしば擬人化を含んでいることもこのためである。世界観は個人にとって他者である世界の属性を持っているが、客観的存在としての世界とは異質であり、その意味において個人内に存在している。絶対的 他者である世界の側から見れば、個人に従属している観念である。客観的存在である世界は普遍的に存在すると考えられるのに、世界観をめぐって論争や対立がおこるのはこのためである。
近代哲学の倫理的・道徳的なあるいは人道的な立場による批判が世界観の相対性を理由に斥けられる一方、個人においては世界観への信頼から一部の現実認識や個人体験が思想的に強められしばしば絶対化された。これが極端な原理主義やファシズムなどのイデオロギーにたやすく転化するのである。しかし世界観はその存在目的として他者である世界との同一性を目指すものであるから、最終的には闘争的に他の世界観を淘汰してしまうか、妥協や合意によって異なる世界観との共存あるいは異なる世界観の取り込みを図るしかなかったのである。
私たちが生きている今も、社会の中では数多くの変化が常に起こっている。そしてその変化に対応しながら私たちの価値観、および考えも、更新されるがごとくに新しい情報を得て、書き直され、自分の世界観がまとまる。世界の変化による個人の変化が、個人の持ちうる世界観の変化をもたらす一因となっている、と私は考える。

投稿: 修学旅行 | 2008年7月22日 (火) 21時02分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」ということについての私の考察は、「個人が変化する」を「人の考え方が変わる」とし、「世界観」を「態度」として当てはめ、「人の考え方が変わると、人の態度も変化する。」として考えてみることがいいのではないかと思います。

投稿: スプラウツ | 2008年7月22日 (火) 20時48分

政治学概論
        ペンネーム 欲求不満
  テーマ「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の個人的な、しかし抽象化された水準における考察」
 私が思う世界観とは、世界の諸問題、言い換えると、「世界とは何なのか」、「どうして存在するのか」、「そのなかで人間(私たち)はいかなる位置をいるのか」、「自分に課せられた使命は何なのか」、「自分のできることは何があるにか」などの問いに答えようとするものである。だから、世界観とは、人生観や生き方と結びついた世界に対する態度およびその表明であるということができ、それゆえ、世界観はその個人が属する民族、国家、時代、地域、社会、職業、階級などによってきわめて多種多様であって、極端にいえば個人個人の体験や環境によって、一人ひとり全員異なるものであると私は考えます。しかし、それが「世界観」と呼ばれる限り、個々人によって異なる世界観も共通の構造をもっている。つまり、根底には各人の生活体験に由来する「気分」や「現実把の世の中」といった感情的な部分があり、それを土台として、その時代、その社会の客観的な知識の集積としての「世界像」がその上に立てられる。世界像とは、世界を外から眺めるような態度であり、そこでは、世界はあくまでも客観的な分析の対象であり、論証等によってしばしば修正される性格のものである。それに加えて、「理想」や「善」などの意志的側面、行動原則など実践の指針が与えられて「世界観」が形成されるのであると考える。世界観は哲学に限らず、宗教や芸術、口承文学や伝承、日常生活、年中行事やまた、個人個人の人生においても転換の契機を有している。社会においても統合や対立、選択や分裂などの多様な諸相を含んでおり、世界観そのものも歴史をもつものである。
 私がこのテーマを聞いた時に思ったことは「デスノート」というマンガのことを思い出しました。ノートに名前を書かれた人間は死んでしまうという死神のノート「デスノート」を偶然手に入れ、それを使って犯罪者を次々と殺していく主人公・夜神 月(やがみ ライト)と、大量殺人犯として月を追う名探偵・L(エル)との闘いを描いた物語です。作品の中には、裏の裏の裏を読むといった「知能戦」や「心理戦」が中心にある。これに類する手法としてはミステリーなどで使われる一種の倒叙形式になっており、夜神月とそれを追うL、その意志を受け継ぐメロ、ニアが互いを追いつめる要素がこの作品の見所の一つといえる。また、テンポが重視され、ドラマ性やメッセージ性は意図的に極力削ぎ落とされている正義・悪とは何かを問うような構成です。私が何を言いたいかというと、この主人公夜神月がノートを拾ったことにより全世界の人々に「犯罪者は死んでもいい」という考え方が広まり、このテーマである個人が変化することにより世界観が変化するにあてはまってると思います。

投稿: 欲求不満 | 2008年7月22日 (火) 20時44分

まず初めに「個人が変化することによって、その世界観も変化する」という言葉について考えていきたい。個人が変化する、つまり、その人が意識的な考えが変化したり、また、何かしらの外部的な影響により変化したり、その人の思考が変わることによって、その人自体が変化していくと、私は考えている。それにより、その人が生きている世界を見る(客観視する)視点も変化していくし、それだけでなく、その人がこの世界を生きる上での歩きかたや、外の人々との接点の持ちかたすら、少なからず変化していくだろう。
では、その個人が変化する(上記で述べたような)境界線(水準)とは何なのだろうか。なぜ人は変化するのか、していくのか(自発的に)はたまた、されていってるのか(他発的に)。まず1つにこの2つに共通して言えることは、「その個人が持ちあわせていない何か」によるものの影響であると思う。その個人は「その何か」に何らかの魅力を感じたり、または、その新鮮さに驚かされたりということが例としてあげられる。人は何かを欲っしようとしなくても、そのものに魅力を感じたり、自分のものにしたいという衝動を誰しもあると思う。ちなみに私もその一人だ。また、その何かはその個人が持っているものよりも、生きる上で優れていると思ったときもだろう。例えば、何かに悩まされている時に、その何かに出会うことにより解決したこと、その何かにより、道が開かれたという経健があると思う。ここでいう「悩み」、つまり「個人の感情」の変化によって、その個人も変化も変化していく。例えば、それが「苦しみ」であったり、「悲しみ」であったり、時にそれは「愛」であったりもする。人の感情を説明するのは難しいが、それらの変化によって、人自体、変化していくものなのだ。
ここまでの考察によると、やはりその個人が「自発的」に変化していくにしろ、「外部からの影響」によるものがほとんどだろう。ここで上記で記した「何か」とは何だろうか。1つ目に「人から人へ」、2つ目に「社会の変化から人の変化へ」があげられると思う。「人から人へ」については、例えば、そこに「教育(小・中・高・大など」というものがある。その時は気付いてはいないと思うが、新しい何かを学ぶ、または間違っていたことを改めることにより、少なからず、その個人は変化していると思う。簡単だが「人から人へ」というのは、このような要素が一つとして含まれている。では、2つ目の「社会の変化」とは何だろうか。例えば、それが戦争であったり、またはそれによる「革命」であったりする。そして、その体験者であったのか、または第3者の目線だったのか、どの立場であったのかも、変化の仕方は変わるだろう。一つに変化と言っても、様々な変化の仕方があると思う。戦争や革命のような大きなものだけではない。今でいう自分の町の行政が破綻したり、誰かが亡くなってしまうだけでも変化する。些細なことでも十分変化する要素は含まれているのだ。
最後に自分が今まで述べてきたことは、ほんの一部分に過ぎない。これからも上記の考えをもとに様々な視点で、「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の個人的な、しかし抽象化された水準における考察」について考ていきたいと思う。

投稿: 臨機応変 | 2008年7月22日 (火) 20時28分

個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察について考える。まず、個人が変化することとあるが、人間は普通生きていく上で、様々な出来事に出合ったり、様々な価値観をもった人間に出会う。例えば、「今まではラーメンといえば味噌ラーメン以外には考えられなかったのに、ある友人とラーメンを食べに行ったところ、『ここの店に来たら絶対しょうゆラーメンを食べるべきだよ!!』と言われ、仕方が無くしょうゆラーメンを注文し、食べてみたところあまりのおいしさに感動してしまった。それ以来、いろいろな味のラーメンを食べるようになった。」というようなものがある。このように、今まで生きてきた中で自分が考えていたことと異なる考え方を持っている他人と接することで新しい考えを得ることが出来る。例を基に考えてみると、個人とは「味噌ラーメンしか許せない」という考えで、それが変化することで、「ラーメンは味噌ラーメン以外にもおいしい味がある。」というように世界観が変化することである。

投稿: 都道府県 | 2008年7月22日 (火) 20時11分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察」について。自分という「個人」は、自分だけの世界観を持っており、その個人の置かれている境遇、すなわち、国、性別、職業…などが異なれば、その個人の世界観が変容するのはあり得ることであると思う。今回は、この意味の抽象化された水準についての考察であるが、そもそも「抽象化」とは何なのだろうか。辞書によると、抽象というのは、物事の或る側面や性質をぬき離して把握する心的作用であると書かれている。つまり、それぞれの具体的事物や観念から共通している性質を切り離し、一つの観念を作り上げることなのである。このことから、冒頭の問いを、例を挙げながら考察してみたい。個人の変化とは、外面的なものと、内面的なものがあると思うが、内面的、すなわち心的変化はその人の世界観に大きな影響を持つと思う。しかしこの観念は広く共通している性質であると考えられるので、この観念を切り離すと何が残るのだろうか。きっと残るものは「本当の自分」なのだろうと考える。本当の自分、それは、人間が生まれた瞬間から接してきた世界観に染まっていない自分なのだろう。人は生まれた瞬間から、様々な人間に接し、様々なことを体験し、人間の様々な生き様を見ることになる。そうしたものに接することによって、本当の自分というものに上記のような外的要素が染みわたっていくため、あたかもそれが「自分」として社会に飛び込んでいくのであると思う。こうしたことを考えると、性善説・性悪説を思い出してしまう。自分は高校時代に性善説・性悪説を学んだが、個人的にはどちらが正しいかまだ分からない。仮に性善説の立場からすると、「悪」の部分は生きていく上での環境から外的に知っていくものであろうし、その逆もまた然りである。このことを「本当の自分」に当てはめて考えてみると、善であれ悪であれ、その人が生まれ持った善や悪が、「本当の自分」なのであると思う。つまり、個人が変化すれば、当然、表向きとしての個人も変容するが、しかしながら、人間が生まれながらにして持っている「自分」というものは決して変容するものではないのではないか。冒頭の問いを抽象化された水準で見たとき、こうしたことが考えられるのではないかと私は考える。

投稿: 吟遊詩人 | 2008年7月22日 (火) 19時37分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし抽象化された水準における考察」というテーマだが、テーマが抽象的すぎて討論にならないと思う。人によってこのテーマの捉え方は違うと思うので、もう少し具体的なテーマにすればよいと思う。

投稿: 花鳥風月 | 2008年7月22日 (火) 19時34分

まずタイトルが抽象的過ぎて、討論するにあたり、しっかりと同じ内容として皆さんが認識できるかが問題だと思います。しっかりと同じ認識ができなければ討論などできません。

私がこのタイトルから読み取ったのは、Aという個体が成長するに従い、A自身の世界観が変化していくということ。
内容については、提出するレポートに書いてありますのでそちらでご覧になっていただけると助かります。

投稿: 日清戦争 | 2008年7月22日 (火) 19時14分

私は、いつの頃までかこの世界は私たちが一生心配事も特になく暮らしていける場所だと思っていました。この場合の心配事というものは、人間関係や恋愛など個人的な悩み事などではなく、貧困などのこの世に暮らしていく上での環境の問題といったようなものです。私は日本という国に住んでいて、小さなころから日本は貧しくてご飯が食べられないといったようなことはないし、戦争もないし、生活していく上で不安であることはない国だと思っていました。しかし最近は何かがおかしいように感じられるのです。これからは私がおかしいと感じていることを、特に順序などは考えずに自由に述べていきたいと思います。
まず戦争がない日本というものについてですが、確かに日本は憲法9条に基づいて戦争のない国となっています。しかし最近9条問題として様々な解釈が生まれており自衛権、日本以外の制裁戦争への参加は放棄していないなどといった話が出てきています。私としてはそれらのこともひっくるめて放棄しているとみなしてくれた方が、平和ということを本当に実感できるのですが。けれどそれだけでは甘いということも分かりますが。そのようなことで悩まなければならないということ自体が私には生活していく上で邪魔なことに感じられます。初めから世の中に戦争というもの自体が存在しなければそれでいいはずなのに。
また貧しい人はいないということですが今はワーキングプアや国民健康保険問題、などといった様々な問題が存在しています。安定した職に就けずにいる人が90年代に増えていたようですし、そうすると国保を払うことができない人も出てくるわけで。以前様々な場面で聴いたワーキングプアの話では、住むところもなくて野宿していたり国保料が払えなくて保険証を取られ病院に行けず手遅れになる人などもいて。ひどい話だと思います。そして自分もいつこのようなことになってもおかしくはないのですよね。
このような憲法や福祉関連の話は地域創生という専攻で学んでいると余計に耳に入ってきます。というこのような問題に気付いていなかったころの自分は、なぜそうであったのでしょうか。日本がそのような問題を見えにくくしている国だというのをどこかで聞いたのですが、それにわたしものせられていたのかもしれませんね。
また最近であると、特に原油高騰、食料自給率の問題について考えさせられてしまいます。原油高騰ではどんどん身の回りの物の値段(特に食べ物)が上がっていることを感じさせられます。家の灯油代も普通にかなり値上がっていますし。職業自給率であると、今私たちがよく輸入している中国の不審さが際立ってきています。だから私たちのなかでもあまり中国産のものが食卓に並ばなくなった家も多くあるでしょう。そして中国の富裕層の方々は日本の総人口くらいいて。不審な中国産食材は中国民でさえ食べたがらないのです。そしてそれにより富裕層の人が他国に輸入を求めたら、日本に入ってくる食材はなくなってしまうのではないでしょうか?
それだけではなくて大国中国、人口が多いだけに富裕層も人数にすると素晴らしいものです。しかしその中国自体は日本のことを好意的に思っていない方も少なからずいて、その中国がにょきにょきと成長していて、もしこれから先私たちの生活を脅かすほどまでの存在になってしまってはどうしようとまで考えてしまいます。
このようなところなぜ私は小さなころから勝手に私の回りは安全な場所と思えていたのかということに疑問を感じてしまいます。それは今すぐ暮らしがどうにかなってしまう、といったほどではないのかもしれませんが漠然とした、このままでは絶対うまくはいかないと何となく気づいてしまったというこの気持ち。やるせないです。

投稿: 棒二森屋 | 2008年7月22日 (火) 19時12分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。この意味の、個人的な、しかし、抽象化された水準による考察」
個人が変わることによりその世界観も変化するということで一番最初に思い出すのは、一連のオウム真理教事件、そしてオウムに「ハマった」信者のことである。多くのオウム信者、特に幹部に共通していることは、比較的高学歴ではあるが、学校で、会社で、家庭で行き場を無くしていた状態、あるいは無気力感に陥っていたことである。そして入信し、麻原の教えに従い、麻原を尊師と崇めることで自己暗示のような洗脳状態になる。もはやかつての世界観は遠くへ消え去り、今目の前にあるのは素晴らしき理想郷のような世界だったということである。世界観を変えるということは宗教が持つ力のある一面を表している。何もオウム限ったことではない。しかし彼らがその後社会にもたらしたものの重大さは、日本現代史からは決して消えることはないだろう。オウムという世界で生きた彼らはやがて麻原の意向により、世界変革に似た破壊革命的な事件を数多く起こす。坂本弁護士一家殺人事件や松本サリン事件そして地下鉄サリン事件である。猛毒化学兵器であるサリンが一宗教団体によって使用されたのだ。明らかに彼らは自分たちの世界観に背いている者に対してその存在の抹殺を目指している。もちろんこのようなことが社会的承認を得ることがあろうはずもなく、この件がきっかけになり「破壊活動防止法」の適応が検討された。結局宗教的な盲信は麻原の個人的欲望に還元されてしまった。時代は変わるかもしれないが、かつてのナチスの蛮行も盲信的という意味では同じである。当時のヒトラー親衛隊はみんな目が輝くような純粋な青少年だったそうだ。ある日突然ヒトラー親衛隊に入り、ヒトラーに会うことで世界が変わったのである。そんな人たちが躍起になって行ったことがユダヤ人の地上からの抹殺である。彼らの目に世界はどう映っていたのだろうか。ユダヤ人が存在しない、アーリヤ人がナンバー1という世界観を信じて疑わなかった。ヒトラーによって変化させられた個人はやがて世界を変えようとしたのである。こう考えると個人が変化することがまるでいけないことのような感じさえするが、そうではない面もあるだろう。個人の変化を促す行為の一つに、キリスト教の「悔い改める」という言葉がある。俗に懺悔という行為であるが、己の過ちにもがき苦しむ人が教会に神父を訪ね、密室で神父に罪を告白するのだ。するとどうだろうか、神父は「あなたの罪は許されました」というのである。そんな言葉を神父様から言われたら、本人の世界観は変わるだろう。何しろ罪が許されたのだから。現代のキリスト教神学はかつてほど社会的承認は得られていないが、このような人間を安定させようとするシステムは脈々と生きているのだ。人間を安定させることが、ひいては社会を安定させることだということの証明ではなかろうか。神学が絶大な力を持っていた中世において世界は神よって創造されたものだという思想が社会的にも承認されていたのと同時に神学は諸科学を統括する権利を独占していた。それゆえにガリレオの地動説を認めずに、彼を宗教裁判にかけ地動説を撤回させる悲劇もうまれるのだが。そんなキリスト教神学も初期近代においてその権威を失墜させる。そしてその地位を継承しようとしたのが哲学である。折しも時代は科学革命の時代だった。自然的世界の法則性が次々と発見されていった。有名なのはニュートンの万有引力の法則である。そして自然的世界に法則性があると同時に人間的世界にも法則性があることもわかった。哲学はその世界を哲学的方法論によって提示したのである。哲学者はその後、世界を提示するだけではなく、世界を変革することも射程に入れる。「世界変革には哲学者による世界解釈が先行しなければならない」とさえかんがえた。この考えはマルクス主義の思想として後期近代の直前まで生きるが、後期近代において社会的承認力を喪失した。結局、いかに個人が変化し新たなる世界観を手に入れることができても、それを外部に広げようとするには、社会的な承認が欠かせないということだ。現代において若者だけでなく中年層までもが自分探しにふけっている。それは大した問題ではないが、そこで得た観念を他者にまで飛躍させてしまえば、拒絶されることがほとんどであろう。自分の中に留めるか、世界へ飛躍させるか、どちらかによって、また世界観が変わるかもしれない。

投稿: 毎月新聞 | 2008年7月22日 (火) 18時32分

「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」この意味はいったい何か。そもそも個人とは、人間1人1人のこと。世界観とは「どうして存在するのか」、「自分のできることは何であるか」などの問いに答えようとするもの。それが、変化するということである。あまり考え付かないので、子どもの頃から今までで変化したことについてちょっと考えてみた。
私は、これまで生きてきた中で景色、建物、好物、好きなこと、異性、将来のことなどに対しての見方や考え方は変化していないことばかりであると思っていたものが、最近20歳を過ぎたくらいから急に変化して見えるようになったことが多々あった。子どもの頃、いつも叱られて父が嫌いだったり、プロ野球選手だとかサッカー選手だとか総理大臣だとか、今思えばくだらないことで嫌いになったり、ものすごい将来を夢見て毎日を暮らしてきたことを思い出される。しかし、思春期を向かえ、自分自身が何者かということについて考え始め、この自分は将来何ができるのかを考え始めた。そして、家族のために遅くまで働いていた父のことを尊敬するようになっていた。子どもの頃から今現在の大人になるまで、一人の人間として成長する過程で個人の「成長」という変化によってその個人の中にある世界観もさらに変化して行ったと言える。これは個人的な変化の過程であって、ほかの人がどのように個人として成長・変化し、その内面にある世界観を変化させていったのかはどうやっても知る方法はない。
 なぜ知ることができないのか。それは、各個人が持っている抽象的な人間としての概念から成り立っているものだからである。この抽象的人間という概念は、前近代社会においても神の前の平等な主体と して設定されていた。しかし、近代において人間共同体における抽象的人間は、神ということを前提にしない。自然的存在、自然的衝動を持った人間との対比に おいて抽象的人間という概念が設定される。この抽象的人間という構成原理が、自由、平等、連帯という近代を規定する思想を形成した。そして、その考えにも基づきそのようなものは存在しうるのだと思う。貨幣であっても、抽象的に価値のあるものという考えがなければ、ただの紙切れにしかならないのである。抽象的ものというものは常に人間の内面にのみ存在しているのだと思う。
 個人が変化することによって、その世界観も変化するということは、抽象的過ぎて、一見当たり前のように思え、その意味を問われてもわからないことが多々ある。それは、抽象的な概念に基づくもので、しかもそれがさらに個人の内面よるものであって、各個人が特に意識しなければ、意味など問う必要性がないからであると思う。しかし、その変化の意味を問うことについては意識的には行うことはないのかもしれないが、形を変えて各個人がその変化について深く考えることは、一生のうちでほぼ毎日のように考え続けているのである。私たちは、毎日の中で、自分自身にとって最善の方法を選択し、それに基づき生活する。その積み重ねによって、個人としての行動の変化をもたらし、さらにその変化が「どうして存在するのか」、「自分のできることは何であるか」という各個人の考え方の変化。つまり、世界観の変化につながるのだと思う。それが個人の変化になる。このような繰り返しがまさに、その個人が生きてきた過程である。その過程があって、今がある。今この文章を書いている最中でも常にその意味を問い続け、生きていた過程となり、個人を成り立たせている根拠だと思う。それこそが、「個人が変化することによって、その世界観も変化する。」ということの意味であって、この変化こそが個人として生まれてきた私の生きてきた証なのかもしれない。

投稿: 二死満塁 | 2008年7月22日 (火) 17時34分

以下に主体認識の変化による世界認識の変化について述べる。
世界を認識している自己が変化をすれば、世界の認識も変わる。デカルトの理論によって世界の究極的根拠は主体であるという近代の概念がうまれた。「我思う、故に我あり」という言葉に表わされるように、“考える”実体としての自己が見出されたのである。しかし、デカルトにおいては客観的な物質と主観的な精神が無関係に共存することになっていた。この後には大陸合理論でのスピノザやライプニッツによって実体概念に新たな見方がなされ、さらにドイツ観念論哲学におけるカントの超越論的哲学において世界の中心が主体とされる。カントによると、世界の究極的な根拠は主体そのものであり、主体を通じてしか世界は認識できない。つまり主体がなければ世界は存在しないということになる。また、これによって、世界をありのままに見ることはできないという考えが生じる。世界は必ず主体認識のフィルターを通じて見られることになるのだ。ということは、たとえ実質的に世界が変化していなかったとしても、主体認識が変わることによって世界の見え方、つまりは世界認識に変化が起こるのである。
このような主体認識の変化による世界認識の変化の個人的(しかし一般化可能な)実例を考察する。主体認識の変化の中心として挙げることができるのは、成長と学びによるものである。成長の過程で様々な知識を学んでいくことよって、同一人物の中でも認識している世界が全く異なったものへなっていくというように、人は成長と共に大幅な認識の変化を経験するのではないだろうか。現在20歳になり大学へ通っている“私”と、10歳で小学校に通っていた“私”の主体の認識を比べてみると明らかに異なっている。それによって、世界の認識もまた異なっているのだ。それは、私が10歳から20歳までの10年間に経験したあらゆることが私の主体認識を変化させたため、と考えることができる。例えば、体の成長による変化はどうであろう。私は10歳時には身長が130cm程であり、今よりもかなり低かった。そのため、身の回りにあるあらゆるものを今よりも「大きい」と捉えていた。それは、洗面台の高さであったり、車のシートであったり、母親であったりする。それらのものは、10歳時の私にとっては「大きい」と認識されていたのである。しかし、身長が伸びた現在では私自身の認識がそれらを「大きい」ものとはしなくなったのだ。この10年の間に私が目にする車や洗面台の規格が大幅に変わったわけではなく、まして母親が急激に縮んだわけでもない。それでも、私の体の成長に伴う認識の変化によって、私の世界から「大きい」と認識できるものは大幅に減っていったのである。
また、10歳のころは地球が宇宙空間を回っているのではなく、空が回っている、つまり天動説を信じていた。小学校での理科の授業時間にも最初は天動説を教えられた記憶がある。地動説は知りもしなかったのだ。それは、その頃の私にとってむしろ地球以外の世界は存在しない、空に見える宇宙空間はスクリーンに映像が映し出されているだけのような付属的な存在、すべては地球ありきとなっ