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ベルリンのホテルーーベトナム人労働者

 ベルリンのホテルで目につくのは、もちろん外国人ではなく、ドイツ人である。しかも、年金生活者である。彼らが圧倒的である。この年金生活者の問題を除外すれば、近年増大しているのが、(ラオス人等を含む)ベトナム人である。ここではインド支那半島出身者という意味で用いている。彼らは、10年前には、中級ホテルではほとんど目につかなかったが、最近では欧州国内、及び母国から団体で、あついはビジネスとして、大挙して進出している。

 その理由として彼らの経済状況の好転を除外すれば、欧州、とりわけドイツ、オランダ等で外国人差別が少ないことが挙げられる。もちろん、民族主義的排外主義は日本も含めてどこでも見られるが、少なくとも公共的圏域において彼らが排除される機会が少ないこともその原因の一つであろう。

 さらに、事態をより複雑しているのは、1989年のベルリン革命以前において旧東独、旧東欧に住んでいたベトナム人の問題である。彼らは革命以後、本国に召喚されたかもしれないが、全ての社会主義政権下のベトナム人が本国に帰還したわけではない。そして、その子弟が現在20代、30代の若い労働者として活躍している。彼らは、幼少、小学校、中学校からドイツで学び、彼らと同一の教育を受けている。親の世代とは異なり、ドイツ語もほど不自由なく喋れる。そのようなベトナム人が増えている。そのなかで、経済的に自立した階層が出現するのも当然である。

 しかし、多くの日本人は大学、大学院から留学している。彼らとは幾つかの点で、異なっている。日本人が専門知識という観点からドイツ人とほぼ同一であるとしても、生活者という観点では多くのベトナム人に敵わないと思われる。

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ベルリンのホテルーーシングルでツイン?ーー事柄の不可視性

 シングルのホテルを予約しても、ツインの部屋をあてがわれることもある。とりわけ、4つ星のホテルの場合が多い。4つ星以上のホテルでは、そもそもシングルの部屋が少ないからであろう。その場合、部屋は分不相応の広くなる。王侯貴族のような気分になる。5人用のソファがある。クローゼットには、100着の衣類を収納できそうだ。灰皿も、5つもある。トイレに1個、小さな机に1個、大きな机に1個、洗面所に1個、トイレに1個ある。もっとも一人しか宿泊しないので、ほとんどの灰皿が綺麗なままである。いつも、新しい灰皿を使用できるのは、快適である。

 このような幸運に出会えるのは、4つ星以上の高級ホテルか、星のないホテルである。3つ星、2つ星の中級ホテル、ビジネスホテルではありえない。そもそも、シングルの客しか想定されていない場合が多い。倹約旅行か、少し余裕のある場合にのみ、このような幸運に出会う。

 それは、多くの素人の場合、ホテルの経営状況まで把握できないからだ。おそらく、年に何回もベルリンに滞在する人は、稀である。多くの旅行者にとって、数日の滞在期間しかない。

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ベルリンのホテルーー星についてーー事柄の不可視性

 4つ星ホテルがかなりサービスの点で優れていることは、言うまでもない。ただ、非常に優れている点は、ベッドの大きさにある。多くの4つ星ホテルは、かなり大きめのベッドを用意している。それに対して、3つ星ホテルの場合、かなり狭いベッドを提供している場合も多い。これは、経験上の事柄であり、必ずしもすべてのホテルに当てはまることではない。

 ただし、星の数の少ないホテル、あるいはそもそも星の対象にならないホテルのベッドが狭いともいえない。かって宿泊したフランクフルト郊外のホテルは、1泊3000円程度であり、風呂もなかった。ただし、天井は高く、ベッドも広いし、部屋も広かった。おそらく、星の対象外のホテルであったかもしれない。しかし、そのホテルは非常に気に入っていた。数週間宿泊したにもかかわらず、文句を言った記憶はない。数日後には、有料のシャワーを使用できたこともあり、かなり満足していた。

 ただし、3つ星ホテルに宿泊したときのベッドの狭さには閉口した。現地通貨で直接支払えば、2万円以上したにもかかわらず、かなりの不満があった。これは運なのであろうか。それとも、ベッドの大きさを確かめる術はあるのでろうか。ベッドの大きさ以外の点では、さすがに3つ星ホテルであった。朝食は素晴らしかった。しかし、ベッドの狭さがそれを帳消しにしている。

 この点からすれば、星の多さと宿泊料金の高さは宿泊の快適性とほとんど関係のないものでしかない。もっとも5つ星ホテルには宿泊したことはないし、これからもないであろうが・・・。

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ベルリンのホテルーー安い4つ星ホテル?ーー事柄の不可視性

 航空運賃価格は正規料金の場合、異常に高い。ベルリンー東京往復で60万円近くするはずである。しかし、多くの旅行者は高い時期でも20万円以下で、閑散期であれば10万円以下でエコノミークラス座席を確保できる。10万円であれば、正規料金のほぼ六分の一である。このような価格落差は、通常の商品であれば、ありえない。たとえば、日産の同一車種の新車自家用車の販売価格が、隣の店では、半額以下であるとは、誰も考えていない。せいぜい、数万円の値引きしか期待できない。

 この航空運賃と同様なことが、海外ホテルの宿泊料にも当てはまる。直接購入すれば、3万円以上の料金のホテルの部屋が、代理店経由であれば、1万円位で入手可能である。インターネット取引による数パーセントの違いなど、ここでは問題にならない。直接取引では、かえって高くついてしまう。代理店経由であれば、かなり安価に購入可能である。おそらく、一括してホテルの数室を押さえているのであろう。航空機の座席販売と同じ論理が貫徹されている。大口顧客に対しては、安く売るからである。

 本当の値段という概念がここでは、ほぼ崩壊している。適正価格という考えも同様である。すべては、市場の論理が貫徹しているだけである。問題は、この論理と日常論理がかなり乖離していることである。そして、多くの素人にとって、市場論理とは疎遠なままである。ただ、この論理によって、多くの日本人が欧州を安価な価格で旅行できる。しかし、この論理を多くの人は知ることがないというのも事実である。

 逆も真なり、もありうることは、肝に銘じていなければならない。

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ベルリンのホテルーー豚肉とイスラム教徒ーー差別?

 ベルリン、そしてドイツはハム、ソーセイジの本場である。世界的に有名なハム、たとえばシンケン、ザラミ等は、ほとんど日本語になっている。このような著名なハムの多くは、豚肉から作られている。この豚肉を忌避しているのが、イスラム教徒である。敬虔であるなしにかかわらず、彼らは豚肉、及び豚肉から作られたハムを見ることすら、忌避している。たとえば、日本人は豚肉に対してアレルギーはないが、ウサギの肉、蛇肉に対してあまりよい印象を持っていない。たとえば、食事のメニューに蛇肉しかないレストランには、あまり行きたがらないであろう。

 このような食事に対しては、各国の習慣、宗教的事情が絡んでいる。ベルリンの中級、高級ホテルでも事情は複雑である。多くの世界からの旅行者は、ベルリンのホテルでハムを食べる。そして、多くのホテルは宿泊客に対して朝食をかなり安価でふるまっている。しかし、その肉類、ハム類の多くは、豚肉から作らている。本当にうまい。

 しかし、多くのベルリンの中、高級ホテルの朝食の場所で、イスラム教徒をほとんどみかけることはない。もちろん、五つ星のホテルには宿泊したことがないが・・・。これは、差別であろうか。イスラム教徒は豚肉追放運動をすべてのホテルに要求することができるのであろうか。そのような要求は、滑稽である。ベルリンのホテルの朝食から、全ての豚肉製品をなくすということは、ドイツの文化を無くすることである。そのようなホテルの朝食をイスラム教徒が忌避するだけである。逆にいえば、ベルリンのホテル業者は、イスラム教徒の宿泊客を減少させている。結果として、イスラム教徒はホテルで朝食をとることはほとんどない。この結果を彼らは、別に悲しんでいるようにはみえない。

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