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近代の抽象的人間あるいは抽象性

 

具体的人間は、様々な差異を持っている。性、収入、年齢、遺伝子等すべての観点から、同一の人間は存在しない。にもかかわらず、なぜ抽象的人間という範疇を設定できるのか。近代はなぜ抽象的人間という概念を設定したのか。自由という概念を設定可能であるためには、抽象的人間という概念を設定できなければならない。差異を持った具体的人間を同一の自由な主体として取り扱うことができる。この抽象性は近代を特徴づけている。貨幣もまたすべての使用価値を捨象した抽象的概念である。また、近代的実体も前近代的な具体的実体概念を捨象した抽象的概念として設定されている。近代は具体性を捨象しようとする傾向がある。

この抽象的人間という概念は、前近代社会においても神の前の平等な主体として設定されていた。しかし、近代において人間共同体における抽象的人間は、神ということを前提にしない。自然的存在、自然的衝動を持った人間との対比において抽象的人間という概念が設定される。この抽象的人間という構成原理が、自由、平等、連帯という近代を規定する思想を形成した。たとえば、隣の具体的人間が困窮していたとしても、全ての隣人がその困窮している人間に対して、連帯の精神を発揮しようとは考えない。しかし、その具体性を捨象した抽象的人間として連帯であれば、たとえば生活保護という制度を媒介にして事実上していることになる。

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