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後期近代と憲法改正(その三)、時代の転換

主権国家に付随する概念である常備軍の廃止という理念は、近代が産出した理念の一つである。初期近代におけて、この産出された理念に従って、社会的現実態の変革が試みられた。憲法的規範に従って、社会的現実態が変革されようとした。批判されたのは、憲法的秩序ではなく、社会的現実態であった。自衛隊は「税金泥棒」、「穀潰し」、「単なる人殺し集団」と呼ばれたこともあった。憲法的秩序に疑義を挟まないかぎり、このような批判は正当であった。憲法が提示する近代の理念に従うかぎり、この社会的現実態は変革されるべきであった。

1960-1980年前後に世界史的に初期近代から後期近代への移行が完了する。この後期近代において事態は逆転する。社会的現実態に従って憲法的理念が破壊されようとしている。「憲法は還暦を迎えた」、「憲法は賞味期限を過ぎた」という言説が支配的になる。まさに、この逆転現象が後期近代において承認される。社会的現実態こそが守護すべき価値であり、社会的理念がこの現実態に矛盾するかぎり、理念そのものを廃棄すべきである。このような論調が支配的になる。

もちろん、後期近代に移行したからといって、初期近代的思考がすべて撤廃されたわけではない。近代の到達した理念がすべて撤廃されるわけではない。また、初期近代的思考に慣れた人々が死滅したわけではない。とりわけ、論壇の世代交代はすぐさま完了するわけでない。「昔の名前で出ています」論者が残存している。彼らの影響力が死滅するまでには、まだ数十年かかるであろう。しかし、時代そのものの変換は避けて通れるものではない。

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