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討論会ーー少子高齢化と国家財政

 少子高齢化は多面的に国家財政を悪化させると言われている。どのような側面からそのように基礎づけられるか。討論の機会を提供する。期限は、6月7日午前10時である。それ以後は一切討論を受け付けない。削除する。なお、コメント欄は6月7日まで、公開されない。多くの論者が本ブログのコメント欄に送信することを希望する。

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後期近代と憲法改正(その四)、思想的意味

この時代的転換と憲法改正との結節点とは何か。それは近代的理念が現実化すべきであるという規範が社会的承認力を喪失したことにある。初期近代において憲法的理念に従って、社会的現実態(たとえば、自衛隊)に対して罵詈雑言を浴びせることが可能になったのは、この理念が現実化するという前提があった。理念に従って、現実態は変革されるはずであると。しかし、後期近代においてこの現実化可能性はその程度を減少させる。

また、後期近代における社会的現実態が大量生産と大量消費という大衆民主主義的様相を強化させる。この大衆民主主義において人間の生物的欲求が肯定される。この欲求にしたがって、よりよい生活が指向される。ここでは、近代の理念ではなく、自己の生活の向上を保障する社会的現実態への守護がより強化される。

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後期近代と憲法改正(その三)、時代の転換

主権国家に付随する概念である常備軍の廃止という理念は、近代が産出した理念の一つである。初期近代におけて、この産出された理念に従って、社会的現実態の変革が試みられた。憲法的規範に従って、社会的現実態が変革されようとした。批判されたのは、憲法的秩序ではなく、社会的現実態であった。自衛隊は「税金泥棒」、「穀潰し」、「単なる人殺し集団」と呼ばれたこともあった。憲法的秩序に疑義を挟まないかぎり、このような批判は正当であった。憲法が提示する近代の理念に従うかぎり、この社会的現実態は変革されるべきであった。

1960-1980年前後に世界史的に初期近代から後期近代への移行が完了する。この後期近代において事態は逆転する。社会的現実態に従って憲法的理念が破壊されようとしている。「憲法は還暦を迎えた」、「憲法は賞味期限を過ぎた」という言説が支配的になる。まさに、この逆転現象が後期近代において承認される。社会的現実態こそが守護すべき価値であり、社会的理念がこの現実態に矛盾するかぎり、理念そのものを廃棄すべきである。このような論調が支配的になる。

もちろん、後期近代に移行したからといって、初期近代的思考がすべて撤廃されたわけではない。近代の到達した理念がすべて撤廃されるわけではない。また、初期近代的思考に慣れた人々が死滅したわけではない。とりわけ、論壇の世代交代はすぐさま完了するわけでない。「昔の名前で出ています」論者が残存している。彼らの影響力が死滅するまでには、まだ数十年かかるであろう。しかし、時代そのものの変換は避けて通れるものではない。

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後期近代と憲法改正(その二)、9条改正

その極地は9条関連の現実にある。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。第二項、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」、という弟9条の規定は、自衛隊という(憲法上は戦力ではない)戦力という存在に対して、明白に矛盾している。自衛隊が戦力であることは、ほとんどの国民、国際社会において社会的に承認されている。戦車、爆撃機は人間、財産等の破壊を目的にしている。機関銃が人間を殺害するための兵器であることは、疑う余地すらない。まかり間違っても、機関銃が人間の健康を促進するための機械になることはない。

社会的現実態と憲法的理想が矛盾している。憲法的秩序は下位規範の法的秩序(たとえば自衛隊法)と矛盾している。自衛隊という社会的に承認された現実態は、違憲ではあるが、合法的存在である。この矛盾を揚棄する方策は以下の二つしかない。一つは、憲法的理想に従って、社会的現実態を変革することである。他の一つは、後者に従って、前者を変革することである。現在問題になっている憲法改正の主眼は、社会的現実態に従って、憲法を改正することにある。

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後期近代と憲法改正(その一)、国民投票法

憲法改正と後期近代

 2007年現在、日本国憲法改正論議が急激に盛り上がっている。『産経新聞』、『読売新聞』等はこの20年以上にわたって憲法改正の必要性を訴えてきた。この議論が最近になって論壇を賑わすようになった原因の一つは、憲法改正のための手続法「日本国憲法の改正手続に関する法律」(以下、国民投票法)が成立したことによる。憲法96条、つまり憲法改正条項はその実施のための手続法が整備されていなかった。2007年になって初めて、この条項を具体化する法律が整備されたことにより、憲法改正のための法的基礎が確立された。

 この憲法改正議論は、主として憲法9条改正問題を中心に据えている。もちろん、憲法と現実との乖離は憲法9条に限定されていない。たとえば、第89条、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」、とあるが、現実には宗教法人が関与する私立大学、私立学校、あるいは社会福祉法人に「公金」、「税金」が補助金等の形式によって支出されている。私学助成、税金等の補助のない私立大学、私立学校、あるいは社会福祉法人はほとんど存立していない。明白な憲法違反は日本的現実において常態化している。

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子供の生産ーー少子化の原因

子供を生産するという原初的行為の原因は、生産した後の問題ではないでしょう。子供の生産するときの状況は経済的、社会的には悲惨であっても、子供を生産することは起こり得る。
 しかし、その数は減少している。その原因は何かという問題である。たとえば、性行為の目的が子供の生産でなく、単なる個人的な肉体的欲求の充足であれば、必ずしも子供の生産には結びつかない。別の要因が考えられる。その主原因とは何かという人間の本能に対する考察が欠けているとき、その議論は的外れであろう。

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討論方法

 少子化に関する討論のコメントは、4月26日のブログのコメント欄にお願いします。「珊瑚」様、「紫式部」様、変更のほど、お願いします。

なお、討論会は5月9日(水)の夜12時をもって終了します。それ以後のコメントは受け付けられないようになります。よろしく、お願いします。

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少子化に関する討論会

 少子化に関する討論会の期日が迫っています。どんどん、投稿してください。なお、4月26日のブログコメント欄に投稿してください。なお、投稿論は5月10日まで表示されません。投稿者は少し不安になるかもしれませんが、確実に保存されています。

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サンデープロジェクト 憲法改正 時代認識

 憲法改正が議論されている。とりわけ、第9条の集団自衛権に関する議論が中心である。その際、強調されたことは、1989年のベルリン革命以後、世界史の段階が「冷戦構造」から別の段階へのと移行したことである。

 あるいは、2001年9月11日以降、世界史の段階が別の段階へと移行したという意見もある。はたして、1989年や2000年は世界史の段階が別の段階へと移行したのであろうか。何か重大事件が起きると、時代が変わると大袈裟に触れ回る輩は多い。特に、往年の左翼がそうであった。世界経済の小さな兆候を捕らえて、「革命のときは近い」と触回っていた。特に近年の憲法改正論者の多くが、世界史の新段階を強調している。彼らの多くが忌み嫌うかつての左翼と同じ構造が見える。近代が終了して、ポスト・モデルネに移行した? 果たしてそうであろうか。

 あるいは、別の時代認識があるのであろうか。数年の内に、もう一度再検証されるべきであろう。もっと簡単なことかもしれない。それは、論文にて発表すべき事柄かもしれない、と考えている。

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憲法改正 サンデープロジェクト 討論?

 憲法改正に関する討論会?がサンデープロジェクトにおいて開催された。しかし、危惧したように、司会者、田原が三人に質問するという形式が採用され、三者による討論ではなかった。フランス大統領候補者による討論において司会者がほとんど発言しなかったことと対照的に、ほぼ半分程度は田原が喋っていた。これでは、討論にはならかった。

 憲法改正に関する論点は非常に限られていた。9条のみであった。慈善活動等への公金支出を禁じる89条の問題等の大きな問題が看過されていた。しかも、9条改正の問題ではなく、イラク侵攻等の政治論が大半を占めていた。9条の問題は、集団自衛権の問題だけであろうか。軍隊を含めた国防とは何かという重要な論点が欠如していた。

 以上がこの番組を見た直後の感想である。ビデオに録画してあるので、後日また再検討したい。

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憲法改正 サンデープロジェクト

  本日(2007年5月6日)、朝10時からの「サンデープロジェクト」(テレビ朝日)において憲法が議論される。著名な三大全国紙の論説責任者、朝倉敏夫(読売新聞論説委員長)、潮田道夫(毎日新聞論説委員長)、若宮啓文(朝日新聞論説主幹)が集合する。いづれも本問題に関する著名なジャーナリストである。詳しくは、以下のサイトに基づいている。

http://www.tv-asahi.co.jp/sunpro/

 本ブログにおいて、憲法改正の必然性に関する立場は未だ明確にしていない。どのような立場をとるべきか、未だ思案中である。しかし、憲法改正が重要な政治学的、社会学的論点の一つであることは明瞭であろう。ただ、単純に改正賛成でもないし、反対でもない。とりわけ、手続法に関しては現在国会で審議中のようにかなり問題がある。百家争鳴の議論を戦わせる論点としては、非常に重要であろう。今後数年間、どのような立場からであれ、多くの議論が生じることを祈念している。

 本邦においては、理性的な議論の場所はほとんど無い。 この意味で本企画はジャーナリストとして高名な三者が集うことによって、有意義な議論が期待できるかもしれない。司会者があまり出過ぎないことを期待している。

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討論会への招待ーー討論方法の変更

 討論会の方法について。

 本討論会は5月9日(水)15時をもって締め切ります。締め切りを待って、コメント欄に表示されます。したがって、コメントを書いても、10日までは表示されません。安心して、投稿してください。

 なお、倭さんの論稿はその例外です。できれば、倭さんとは異なる観点からの執筆をお願いします。もちろん、似ていても仕方ありませんが・・・。

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