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聖職者意識と後期近代

 福祉の業界において、教師とならんで聖職者意識が強いと言われる。もちろん、福祉従事者と教員が初期近代あるいは前近代において宗教者によって担われていたという事情は勘案されねばならない。後期近代において宗教的意識が社会意識として減少するに従い、両者はこの宗教的意識が個人的意識において残存していた。社会の支配的意識として宗教意識が承認力を喪失した程度に、一部の個人にその意識が集中化したのであろう。

 後期近代において多くの労働者が様々な領域に活動している。しかし、その労働の目的は、主として労働の対価、つまり金銭獲得である。もちろん、多くの労働者もその労働目的として金銭だけではなく、社会的有用性を目的にしている。たとえば、鉄鋼会社に勤務する労働者は、鉄の生産を通じて社会に貢献している。それに対する自負心はある。しかし、鉄の生産と食肉の生産を比較して、食肉生産労働者に対してその社会的貢献性の優位を誇ることはない。あるとすれば、賃金の多寡を他の領域の労働者と比較して、優越観あるいは劣等観を感じるだけである。それは、労働者における労働の目的が金銭獲得にある以上、必然であろう。

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