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政策概念ーー馬鹿が対策でやって来る

  政策という言葉は、この20数年に中央政治だけではなく、地方政治においても一般化してきた。それ以前は対策という言葉が一般的であった。今日では、ほぼ同一の対象を表わす言葉として用いられているが、それにはかなりの差異があるように思われる。ここでは、その差異を媒介にしながら、政策という概念の本質を討究してみよう。

まず、対策という言葉は、何らかの現実的問題が現前あるいは過去に存在していたことを前提にしている。それは、過去あるいは現在の問題に対症療法的に関与するという色彩が強い。それに対して、政策は未来の問題に関与している。現在はそれほど問題になっていないが、将来ほぼ確実に問題になる事柄を取り扱っている。端的に言えば、それは未来志向である。

また、対策が短期的視野に立っているのに対して、政策は長期的視野に立っている。対策は現前にある問題に対処しなければならない。そこでの問題は万人にとって緊急を要するものである。たとえば、水害対策、交通事故対策等の解決がそれに相当する。それに対して、政策は必ずしも現前していない問題に関与する。現在はその問題性が万人には認識されていないが、将来において確実に問題になるような事柄に関与する。したがって、政策は対策と異なり、その問題の所在そのものから立証しなければならない。

したがって、政策はその問題関与を社会全体から考察しなければならない。対策は問題が緊急のものであり、その意味づけをする必要がないことに対して、政策は問題そのものを社会全体という抽象的概念のうちにせっていしなければならない。さらに、この問題設定には時間概念が挿入される。10年後あるいは20年後の問題を取り扱うことによって、時間軸を設定しなければならない。このような政策は、つねにその問題設定の危うさの上に立っている。社会全体の利益ということが有限な人間には認識不可能であるということは、社会思想史上の常識に属しているからだ。にもかかわらず、その完全な解答は不可能であるにもかかわらず、それを設定しなければならない。まして、数十年後のことを一定程度、認識しなければならない。

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