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大学共同幻想と大学講義ーー馬鹿が理想論でやって来る

 

大学共同幻想と講義

それは大学内の講義室以外の場所だけではなく、講義で話す内容もまた、理想論でしかない。理想的人間が発話する状況のみが講義の対象になる。地方自治論もまた、その例外ではない。「自覚した市民として政治に参加する」と言う命題を考えてみよう。市民の多くは政治的自覚に乏しい。選挙という数年に一回の法的に制度化された政治参加の権利すら、行使しない市民は数多い。自己利益にある場合、たとえば公共事業の入札に参加する企業の構成員、関与者等の場合を除き、普遍的利益の貫徹を目的にした市民による政治参加の機会は少ない。そもそも、自己の利益以外の公共的利益にすべての市民が関心をもつという前提に問題が多い。

しかし、このような理想的人間が関与するという設定を大学での講義の前提にすることは間違っているのか。そうではあるまい。理想的人間という設定が一定の関係において出現するからだ。もちろん、すべての人間がすべての局面においてそのように振舞うのではない。

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