冴えない40歳近い独身労働者ーー黒沢の死(福本伸行「最強伝説、黒沢」)
『ビックコミックオリジナル』第18巻、小学館 2006年において、福本伸行「最強伝説、黒沢」が終了した。2006年9月5日の出来事であった。もちろん、黒沢の死によって。この漫画が連載された当初から、黒沢の死で終わることが予感されていた。伝説はその死後生じるからである。
この人物は30歳代後半の冴えないおじさんである。結婚もできず、職場でもあまり相手にされていなかった。ところが、突如として、自己の人生の意義について考え、世間と闘争することになった。その結果の死である。この死はもちろん、幸福な形で迎える。多くの信奉者に看取られながら、その死を迎える。伝説になった英雄として。
しかし、多くの30歳代の独身労働者がそのような幸福な死を迎えるのではない。伝説になるのは、少数者でしかない。同世代の平均的年収以下の労働者は、そのまま社会の片隅で一定の享楽にふけりながら、定年を迎えるであろう。
福本がこのような労働者の生態を描いたことは着目すべきである。ただし、英雄になるのではなく、むしろ生涯「セコイ」生き方をしながら、生きてゆく労働者の生態を描いたほうがより面白かった。この漫画においても、印象に残っているのは、職場で相手にされず、町のなかでも相手にされない前半部分であった。そのような悲惨な生活のうちにも、小さな喜びはあった。そのセコイ喜びと冴えない人生との矛盾こそが、漫画の醍醐味であろう。もちろん、そのような設定が万人にとって面白いとはかぎらないが。いつの間にか、こうなり、なぜそのようになったのか、を反芻する英雄ではない冴えない黒沢に興味はつきない。
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