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ニート論Ⅸ; 永遠の時間

 ニーとは永遠の今を信じている。今の状態が永遠に継続することを前提にしている。すべての時間は今において止まっている。永遠に司法試験の勉強ができるし、音楽の修行が可能である。ニートをめぐる関係においてのみ時間は止まっている。

 しかし、時間は立ち止まることはしない。ニートの経済的基盤になっている親の収入は、永遠に今のままであろうか。また、年金生活に移行すれば、収入は減少しないのであろうか。それ以上に、自己の肉体は屑鉄化してゆく。勉学の意欲が減少するし、勉学の能力もまた減少するであろう。

 もっとも、ニートも年金生活に入れば、労働したものと同じ社会的地位、すなわち年金生活者という地位を獲得する。その意味でニートをしても、勤勉に労働しても結果は同じである。年金生活者という社会的役割を担う。そして、死を迎える。

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