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ニート論Ⅱ前編: 福祉によるニートの産出

Ⅱ 労働しないことは、善である。

かつて前世紀初頭、貧困は社会の責任か、個人の責任かという論争があった。その当時は階級対立が激化していたこともあり、貧困は資本主義という社会問題に還元された。本邦においても、現在の福祉という用語の前身である社会事業という概念が社会的に認知された。それは、初期資本主義国家が後期資本主義国家、つまり社会国家へと変態する契機になった。この変態は本邦において現行憲法が施行された時点で法的に承認されたが、現実的には196080年代に完成された。逆に、この完成が初期近代から後期近代へ、初期資本主義国家から後期資本主義への以降のメルクマールになる。

この社会国家は、思想としては初期近代において成立しており、後期近代においてその思想が現実化された。たとえば、カール・ナウヴェルクは、「非自発的な失業者に対して、自治体と国家が最低限の生活保障をしなければならない」という思想を19世紀中葉に表明している(本書133頁、以下では頁数のみ記す)。非自発的な失業者、つまり倒産による解雇、指名解雇、疾病と事故等による労働不能者に対して、国家と社会の責任を明確にしている。この思想が後期近代の福祉国家につながっている。

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