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ニート論Ⅷ: 個人意識の拡大

Ⅷ 個人意識の拡大

 ニートと大衆的存在様式

 プロレタリアートとは、近代において大量に発生した労働者の一形式である。通説として、プロレタリアートは工場労働者として訳されている。しかし、その雇用形式は現在の社会国家における一般的な工場労働者、あるいは労働者とは、異なる。それは山谷(東京)、釜ヶ崎(大阪)等に住む日雇労働者にかぎりなく近接している。この国民的共同体の周辺にいるプロレタリアートをいかに社会統合の対象にしてゆくかが、ドイツ三月前期の課題であった。この課題は19世紀から20世紀初頭に至る初期近代における政治的、社会的課題であった。このプロレタリアートという社会的存在形式は、古代社会における奴隷に近い状態であった(初期近代日本を例にとれば、この事態は『ああ、野麦峠』等によって描写されている)。この労働者を社会内統合の対象にするのか、あるいはその外部化を目的にし、社会変革の主体にすべきであるか否かが、問われていた。もちろん、ナウヴェルクは前者を志向しており、その途は社会国家への途であった。

 後期近代において社会国家が制度化されることに、この論争に終止符が打たれる。プロレタリアートを社会内統合することによって、プロレタリアートを社会変革の主体にしようとする運動の基盤が破壊されることである。これを社会変革の主体、つまり個別化された大衆としての塊を階級に形成するためには、初期近代特有の精神的基盤が前提にされていた。それは、このプロレタリアートが個別的な利益を追求する主体でなく、共同的な利益を追求する主体として構成されていなければならなかった。

 個々人の利益ではなく、共同的利益のために闘争することが前提にされていた。しかし、社会国家はこの基盤そのものを破壊する。社会国家がその存立目的としたことは、国民の生命と財産の保護という極めて個人主義的な思想的基盤を拡大することである。社会国家の目的は、個々人の生活の向上であった。個々人の生活が向上することによって、この共同性への指向が破壊される。社会国家が制度化されたことにより、個々人は初期近代における大衆へと逆転する。

 ニートはこの個人主義化された大衆の上に咲いたあだ花である。もちろん、社会国家がこれを推し進めた。

 

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ニート論Ⅶ: 共同性の崩壊

 

Ⅶ 共同性の崩壊

初期近代において国民国家という擬制が生成する。この国民国家において、国家市民としての共同性が生じる。それは我々という意識である。その意識は様々な水準において構成される。同一の法規範に従うこと、最低限度の生活と何かについて、共同的意識を所有すること等様々である。たとえば、同じ法規範を共有することは、必ずしもその規範に従うことを意味するのではない。しかし、その規範に従わない場合でも、その規範が存在し、その規範から逸脱しているという意識を有していることである。たとえば、売春をしてはならないとか、大麻を吸引してはならないという規範を持っていることである。これは、現代日本の法規範に従うかぎり、悪であるが、別の国家、たとえばオランダの法規範に従うかぎり、問題はない。

ところが、後期近代においてその擬制はかなり衰退してくる。近代における同一性が衰退してくるからである。その要因は多数あるが、近代における個人主義の展開もその一つである。個人が我々という意識を解体しようとする。我々という意識ではなく、個人という意識が肥大化し、前者を凌駕しようとする。初期近代において、個人ではなく、その共同意識が先行していた。この共同意識は様々な水準において設定されていた。家族、親族、地域共同体、そして国家という水準において構成されていた。

 しかし、後期近代においてこの共同性意識が衰退することによって、個人は我々という意識も衰退する。初期近代において、20歳、あるいは30歳において、経済的に両親に依存することは、この共同意識に制約されることによって、不可能であった。親族共同体、あるいは地域共同体によって糾弾されたからである。しかし、この規制がほぼ消滅したことによって、ニートも出現してくる。30歳、あるいは50歳になっても両親の賃金、あるいは年金に依存することによって、生活可能な若者(50歳、60歳の若者?)が出現してくる。ニートは、おそらく70歳になっても年金生活者としてニート的生活を送ることになる。

 

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ニート論Ⅵ後編: 肉体の屑鉄化

さらに、ニートは自己を固定したものと考えがちである。ニートは、自己の領域を可能な限り狭くしようとする。自己の環境の変化を極端なほど嫌う。職場で嫌いな音楽、たとえば演歌、軍歌が流れてくると、それだけでその職場を放棄する原因になる。また、今までと少し異なる仕事、たとえば事務職に代えてレジを担当することになっただけで、職場を辞める理由づけになる。もちろん、この背景には、職場を辞めても生活に困窮することはないという事情がある。自分の部屋は家賃なしで両親によって提供されているし、三度の食事もほぼ満足した形でとることができる。労働しようが、労働しまいがニート君の生活は不変である。ニート君は、周りの環境の変化することによって自己が変化することを恐れているようである。

しかし、精神、肉体を含めて自己は変化している。確実に言えることは、自己の肉体と精神も変化、そして老化している。変化している自己を認識することができない。いつまでも、家族の庇護のもとで、永遠の子供という役割を演じることができると信じている。30,40歳になれば、もはや世間は子供としてみなすことはないにもかかわらず、衣食住を両親に依存できると考えている。永遠の子供であると夢想しているし、両親もまたその幻想に酔っている。この酩酊状態がいつまで続くのであろうか。

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ニート論Ⅵ中編: 人生は賭博?

 

しかも、40歳を超えると、就職もままならない。このような受験者は、いつかその途を断念しなければならないはずであるが、おそらく生涯受験するしか選択の幅はない。もちろん、50歳を超えて合格する場合もある。ちょうど、高校卒業後、10年以上予備校に通い、東大に入学する事例に似ている。合格は喜ばしいが、大学に入学して何を学ぶつもりであろうか、という疑問が生じてくるからである。

このように永遠のニートは、なぜ生じるのであろうか。自己の永遠性と無限性を信じているからである。そこには、自分自身が変化することを考慮にいれていない。司法試験合格に人生を賭けるニートは、自らの能力に絶大な信頼を置いており、能力が減少していくことに気がつかない。肉体、そして精神もまた摩滅していく。人間が老化し、屑鉄化してくる。

にもかかわらず、永遠に勉学、研究を続けることによって、目標が達成されると信じている。それは、結婚できない男女を表している負け犬と同様である。負け犬は言い寄ってくる異性が若いときには多くいたはずである。にもかかわらず、現に言い寄ってくる異性よりも、将来においてよりよい異性が言い寄ってくるという心情を保持している。今年は合格しなかった、あるいは目標が達成されなかった、あるいは言い寄ってくる異性は冴えなかったが、来年は良い結果が生じるであろうと自分自身に言い聞かせている。将来がなぜ、今よりもよくなると仮定できるのであろうか。10年立てば、容姿も衰え、記憶力も衰退してゆく。時間は限定されている。時間の限定性を忘れ、永遠に受験勉強をしている自己を想像している。人間の有限性を忘却している。

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ニート論Ⅵ前編; 博打者としてのニート

Ⅵ 賭博とニート

 百歩譲って、あるニート君が何らかの目的を持ったと仮定しよう。それは、音楽家でも良いし、弁護士でも良い。しかし、問題はその期限が明確になっていないことにある。ニートとして存在している若者はいつまでニートを継続するのであろうか。その期限を自分、あるいは両親と明確にしておく必要があろう。そのかぎり、ニート的な生活をしながら、夢を追うということも許されるのも知れない。しかし、この時間を限定するという行為は、自分あるいは両親との約束であるかぎり、守られない可能性もある。ニート的生活が永遠になり、死ぬまで(本人、あるいは両親)までニートという途も残されている。それは本人もまた幻想のなかで生活することになる。

 さらに、この天職を追求するという態度は、賭博者の心情と相似している。今は敗北しているが、明日には、勝つということを前提にしている。賭博者は、現在は負けていても、将来勝つことを前提にしている。10万円投資して勝てなければ、100万円投資するだけである。司法試験は最難関の国家試験の一つとされている。その合格のためには、多くの受験者が20歳代の人生を賭けている。もちろん、在学中に合格する学生もいるが、その多くは大学卒業後、数年間、ほぼニートと同様な生活をしている場合もある。

しかし、30歳、あるいは40歳を超えると問題は、複雑になる。その多くは、所得税免除という低収入に満足しなければならないからである。これらの受験生の多くは、名門大学、あるいは大学院の卒業者であり、気位も高い。同窓会に行けば、年収数千万円の同級生もいるし、その多くは家族を養い、子供の話題に花が咲いている。にもかかわらず、高校生のバイトとほとんど変わらない収入しかないニート君は、その輪の中にはいることはない。

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ニート論Ⅴ: 天職

Ⅴ ニートと天職

 ニートの多くは自己に対する誇りを持っている。彼らの多くは、自己にとっての適職、つまり天職を探求している。ここでは、この意義を思想史的観点から考察してみよう。

まず、ある職業は前以って理解できないことを彼らは理解していない。ある職業、より一般化すればある物を先験的に理解することは不可能であるにもかからず、その彼らの浅薄な知識に従って、ある職業を了解している。たとえば、経営者は創造的な職業であり、単純な労働はニートにとって適職ではない、と考えている。しかし、経営者にとって労働時間という範疇はないことは、彼らの視野に入ってこない。経営者の家では、苦情の電話が、深夜早朝にかかわらず鳴ることもあるし、金策に駈けづりまわり、睡眠の時間もないこともある。金策のため、最終的には自己の生命を犠牲にして、借金を支払うことが視野に入ることも稀ではない。このような経営者の心労は彼らの適職観には入ってこない。ある職業の外観しか、彼らの視野に入ってこない。

彼らは、その職業の外見しか判断基準にならない。彼らにとって創造的な職業である弁護士を例に取ろう。もちろん、弁護士になるためには、通常法学部に入学し、卒業後もいつ合格するとも確証のない時間のなかで、睡眠を犠牲にしても法律体系を学習しなければならない。5年後とも、あるいは30年後とも時間の限定のない浪人期間を経ている。筆者の同期生には、まだ受験勉強に勤しんでいる者の噂を聞くこともある。そのような過酷な時期を経た後、晴れて一人前の弁護士として働くことが社会的に許される。このような修行期間は彼らの視野に入らない。

 このような考察から明らかになったように、ニーとは職業をその外観からしか考察しない。もちろん、このことはすべての人間にあてはまることである。事柄を理解する場合、その本質は外から理解することができない。優雅そうな外観を呈している社長業も、接待と銀行廻りで体を壊している場合も多い。

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ニート論Ⅳ: 60才のニート

Ⅳ ニートの定義

 ニートとは、厚生労働省の定義によれば、15歳から34歳までの就職活動もせず、学業にも従事しない青年層を主としている。政府の定義によれば、さらに既婚者、家事手伝い等も除いているが、明白な専業主婦を除いて、ここではニートと考えている。政府の定義では浪人もこの範疇に入れているが、かなり怪しいと考えている。なぜなら、大学浪人も5年以上もやれば、当然ニートの範疇に入るし、自称司法試験浪人もニートと考えられるからだ。音楽を修行中と言えば、現在のニートの人々は、ニートではなくなるからだ。また、大学院浪人も入れれば、ニートの範疇に属する人は、はかなり増減が予想される。

 さらに、35歳以上の就職経験もなければ、一時雇用の経験もない人はどのように定義すればよいのであろうか。また、婚姻関係に入っていても、家族にその生計を依存しながら自己の趣味に没頭している人も多い。また、青年期をニートとして過ごした元若者を採用する企業は存在するのであろうか。ニートは年金生活に入るまではニートであり、たとえ労働経験が無くとも、65歳になれば立派な年金生活者として社会的尊敬を受けることになる。したがって、ここでは、ニートを労働と学業から解放された青年、壮年層と再定義したい。

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ニート論Ⅲ後編: 労働への蔑視

さらに、後期近代が明白になるに従い、大学進学率だけではなく、大学院進学率もこの飛躍的に上昇した。30年前には、ほとんど聞いたことのない大学も、大学院を新設している。大学院進学を修士課程に限定しても、20歳代半ばまで、労働から解放されている。

 このように考察すると、一人の労働者の生存期間において、労働する時間は人生の半分にも満たない。20歳代なかばで労働に従事し始め、60歳前後で年金生活に入ると仮定すれば、労働に従事する時間は40年前後でしかない。人生80年としても、その半分ほどしか、労働に従事していない。

 近代社会は労働時間を減少させてきた。初期近代の西欧社会において12時間労働、週休一日は珍しいものではなかった。週70時間労働制であった。しかし、後期近代の西欧において週35時間は労働組合の基本的要求になった。少なくとも、年間労働時間は半減している。

 このように近代社会は生涯、一日、一週、一年あたりの労働時間を減少させた。他方で、労働時間を減少させることが善であるという思想は、労働そのものに対する社会的承認力を減少させた。端的に言えば、労働は尊いものではなく、むしろ卑しいものになった。若者の一部がニートとして労働を拒否することになる。労働が社会参加の形式として尊敬されないならば、それを拒否することも生じる。労働時間を減少させることが善であるという思想が、労働それ自体が悪であるという転倒した思想を産出した。初期近代と後期近代における差異は多々の論点にわたるが、労働に対する社会的承認の減少もまたその一つである。

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ニート論Ⅲ前編: 働かない人の増加

Ⅲの1

Ⅲ 後期近代における労働

また、老齢年金に代表されるような年金という制度が確立したことも、労働しない国民に対する社会的承認と関連している。もちろん、老齢年金は過去の労働の成果を積み立てたという側面もある。しかし、それは労働時間と時間当たりの労働賃金が直接反映されるわけでもない。労働に依存しない生活者という概念が社会的に承認される。もはや労働と生活は直線的に結合されるわけではない。

 また、後期近代において就学期間が延長される。たとえば、初期近代日本において、尋常小学校を卒業して労働に従事することは平均的な人生設計であった。旧制中学を卒業することは、少なくともエリートの入り口に立っていた。大正になっても、同世代のうち5%しか、大学を卒業することはなかった。この80年間で、労働を開始する平均的な時期は、10年以上も延長された。

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ニート論Ⅱ後編: 歴史的考察

 

22.2

労働の意味を前近代に遡れば、古典古代と比較すれば、以下のようになる。古典古代において、自由は労働しない市民に限定されていた。市民は労働から解放されることによって、市民的自由を享受していた。この都市国家における市民は、内面的にも外面的にも自由であった。市民はポリスという共同体において、この共同体が信仰する神を信仰し、政治的にも社会的にも自由な存在であった。それに対して、労働する人間は奴隷であり、人間以下の動物的存在であった。奴隷は労働することによって、市民の生活に必要なものを供給していた。市民の自由は、奴隷の労働によって維持されていた。ここでは、労働と自由は別物であり、対極的存在であった。人間的自由を享受することは、労働することと矛盾していた。

中世社会において、身分制社会が出現する。このでは、自由と労働は対極的存在ではなかった。ここでは、労働と自由は古典古代ほど、厳格に分離されていたのではない。身分の上昇によって、自由が上昇する。それに応じて、労働から解放される。身分が下降すればするほど、自由が消滅した。下降すればするほど、労働がより多く分配されていた。

近代社会において市民は労働する市民として現象する。その理念において、自由は市民間において平等に配分されており、労働することも自由と矛盾しない。労働しないことは、反社会的事柄になった。自由は労働を通じて獲得される対象になった。ここでは、労働は少なくとも侮蔑の対象ではない。しかし、近代において獲得された富の集積の自由、労働の結果としての富を用いて、労働から解放されるという事態が生じる。また、近代社会において労働時間は首尾一貫して、減少してきた。修学年限の延長と老齢年金の拡大によって、労働しない市民が拡大する。労働が自由とは結びつかない事態も、近代における労働の質の変化によって生じた。労働することは、能力の低い人間に当て嵌まるという社会的意識が醸し出される。

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ニート論Ⅱ前編: 福祉によるニートの産出

Ⅱ 労働しないことは、善である。

かつて前世紀初頭、貧困は社会の責任か、個人の責任かという論争があった。その当時は階級対立が激化していたこともあり、貧困は資本主義という社会問題に還元された。本邦においても、現在の福祉という用語の前身である社会事業という概念が社会的に認知された。それは、初期資本主義国家が後期資本主義国家、つまり社会国家へと変態する契機になった。この変態は本邦において現行憲法が施行された時点で法的に承認されたが、現実的には196080年代に完成された。逆に、この完成が初期近代から後期近代へ、初期資本主義国家から後期資本主義への以降のメルクマールになる。

この社会国家は、思想としては初期近代において成立しており、後期近代においてその思想が現実化された。たとえば、カール・ナウヴェルクは、「非自発的な失業者に対して、自治体と国家が最低限の生活保障をしなければならない」という思想を19世紀中葉に表明している(本書133頁、以下では頁数のみ記す)。非自発的な失業者、つまり倒産による解雇、指名解雇、疾病と事故等による労働不能者に対して、国家と社会の責任を明確にしている。この思想が後期近代の福祉国家につながっている。

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ニート論Ⅰ: 近代社会の病理

 ニート論のまとめ ニート論をここで総括する。この問題設定は、拙著『近代の揚棄と社会国家』(萌文社、2005年)に依拠しながら、それを補完する形で行われている。本書が19世紀ドイツ社会思想に基づく初期近代の思考様式が中心になっているためである。当然の事ながら、本書の読者は、初期近代の思考様式に疎遠である。彼らは後期近代において支配的な社会思想と共に生きている。また、彼らにとって、後期近代における思想も研究者の問題意識とは隔絶している。この間の断絶を埋める必要があるからである。さらに、本書を読者に理解させる一助としてきたニート論、少子化論を纏めてもらいたいという読者からの要望もその機縁となっている。本書の一部を理解する媒介もまた、独立した対象として取り扱かわれるべきだからである。ニート論、少子化論もまた、現在論壇、あるいはインターネットにおいて支配的な思想と異なっているからである。

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学生の課題ーー自由実現

 6月30日のブログに対して、かなり量ののコメントがついている。しかも、そのコメントはすべて2000字を超えている。通常の記事と比較すれば、異様である。記事にはコメントが付かないのか通例だからである。種明かしをすれば、すべて学生のレポートである。もちろん、名前はすべて匿名化されている。課題は、「自由の理念と現実態の不自由」である。

 このような抽象的課題に対して、多くの学生が真摯に回答している。しかも、すべて20歳未満の学生である。自分が20歳のころと比べてみれば、その水準に驚くしかない。学生の学力低下が叫ばれているが、必ずしもあてはまらないであろう。

 

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天文学教授の研究費流用ーー鉛筆一本買わないケチ

リンク: @nifty:NEWS@nifty:国立天文台教授が科研費で「神頼み」、お札購入に流用(読売新聞).

 大学教員が研究費をお札購入に流用したという記事である。この問題で重要なことは、研究費をすべて科学研究費で賄おうとしたことである。彼個人の意識では、御札をかうことも研究の一環である。その点は理解できなくもない。研究とは、結果が前以って確証されていないものである。

 しかし、なぜ、彼はその研究費を個人の給料で購おうとしなかったのであおるか。おそらく、彼は自分の生活費を研究費に充当するという発想がなかったのであろう。鉛筆一本たりとも、生活費で買おうとしないのであろう。研究費用を生活費から捻出しようとする発想がそもそもないのであろう。

 研究は自己の生活を犠牲にして遂行すべきでるとまでは言わない。しかし、御札くらいは、私的生活費の中から拠出すべきであろう。ちなみに、お賽銭も研究費から捻出したのであろうか。聞いてみたい。

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敗北の証明としての労働に関する歴史的考察

 ニートが労働しないことに誇りを持っていることを指摘した。この意義をここでは思想的観点から考察してみよう。労働することは、能力の低いことの証明であるという倒錯した意識がなぜ、生じるのかという問題である。

 

22.2

古典古代において、自由は労働しない市民に限定されていた。市民は労働から解放されることによって、市民的自由を享受していた。この都市国家における市民は、内面的にも外面的にも自由であった。市民はポリスという共同体において、この共同体が信仰する神を信仰し、政治的にも社会的にも自由な存在であった。それに対して、労働する人間は奴隷であり、人間以下の動物的存在であった。奴隷は労働することによって、市民の生活に必要なものを供給していた。市民の自由は、奴隷の労働によって維持されていた。

ここでは、労働と自由は別物であり、対極的存在であった。人間的自由を享受することは、労働することと矛盾していた。

中世社会において、身分制社会が出現する。このでは、自由と労働は対極的存在ではなかった。ここでは、労働と自由は古典古代ほど、厳格に分離されていたのではない。身分の上昇によって、自由が上昇する。それに応じて、労働から解放される。身分が下降すればするほど、自由が消滅した。下降すればするほど、労働がより多く分配されていた。

近代社会において市民は労働する市民として現象する。その理念において、自由は市民間において平等に配分されており、労働することも自由と矛盾しない。労働しないことは、反社会的事柄になった。自由は労働を通じて獲得される対象になった。ここでは、労働は少なくとも侮蔑の対象ではない。しかし、近代において獲得された富の集積の自由、労働の結果としての富を用いて、労働から解放されるという事態が生じる。また、近代社会において労働時間は首尾一貫して、減少してきた。修学年限の延長と老齢年金の拡大によって、労働しない市民が拡大する。労働が自由とは結びつかない事態も、近代における労働の質の変化によって生じた。労働することは、能力の低い人間に当て嵌まるという社会的意識が醸し出される。

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アンチエイジングと、加齢による死

 アンチエイジングが流行しているようである。加齢に伴う皮膚の衰え、内臓の衰え等を遅くするためのものである。この思想には、少なくとも当事者にとっての永遠の若さ、肉体を保持したいという欲望が筒抜けである。

 しかし、人間は死ぬ。この点に関して、動物と同じである。加齢にともなう臭を伴い、皮膚は弛み、他の人間に対しての存在意義を減少させながら、死んでゆく。それでよいのではないか。生きるための存在意義を喪失してまでも生きる必要はないであろうし、社会はそれを助長してはならない。

 寿命を越えた生を追求すべきではない。

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歌舞伎町浄化とその闇の拡散ーー一元的思想の問題点

http://www.asahi.com/national/update/0630/TKY200606300407.html

 朝日新聞の記事によれば、東京近郊の町田市に風俗店等に代表される都市の闇の部分が大量に流入している。その経営母体の多くが、新宿歌舞伎町から流入していると言う。当然であろう。歌舞伎町を浄化するということは、他の東京近郊にその闇の部分をばら撒くことを意味している。本ブログで強調してきた「一元的思想」が、東京歌舞伎町浄化において典型的にあてはまるからである。この浄化それ自体は誰もが反対しない。歌舞伎町が健全化されることは、それ自体として考えれば間違っていない。しかし、人間は光の部分と同時に闇の部分を持っている。都市は、常にこの両者を備えている。したがって、闇の部分をある場所から追放するということは、他の部分に拡散することを意味する。

 この事例は首都圏という大都会であれば、まだ町田市周辺という限定された地域への闇の拡散であり、まだ救いはある。しかし、同様なことを地方都市で実施すれば(多くの都市はすでに実施している)、その闇の部分は拡散し、住宅地域へと浸透しているはずである。地方都市であれば、国道等の高規格道路沿線にその闇の部分は拡散し、市民の通常の眼から逸らされるであろう。しかし、事態はより深刻になっているはずである。

 このような一元的思考、つまり近視眼的思考からそろそろ解放されるべきであろう。都市は闇の部分を抱えるということを、明確にすべきである。歌舞伎という存在形式が前近代において闇の象徴であり、その闇の部分を追放することによって、魑魅魍魎は歌舞伎町から一般の住宅街へと拡散してゆくであろう。もはや、手遅れかもしれない。

 

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