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ニート論Ⅵ後編: 肉体の屑鉄化

さらに、ニートは自己を固定したものと考えがちである。ニートは、自己の領域を可能な限り狭くしようとする。自己の環境の変化を極端なほど嫌う。職場で嫌いな音楽、たとえば演歌、軍歌が流れてくると、それだけでその職場を放棄する原因になる。また、今までと少し異なる仕事、たとえば事務職に代えてレジを担当することになっただけで、職場を辞める理由づけになる。もちろん、この背景には、職場を辞めても生活に困窮することはないという事情がある。自分の部屋は家賃なしで両親によって提供されているし、三度の食事もほぼ満足した形でとることができる。労働しようが、労働しまいがニート君の生活は不変である。ニート君は、周りの環境の変化することによって自己が変化することを恐れているようである。

しかし、精神、肉体を含めて自己は変化している。確実に言えることは、自己の肉体と精神も変化、そして老化している。変化している自己を認識することができない。いつまでも、家族の庇護のもとで、永遠の子供という役割を演じることができると信じている。30,40歳になれば、もはや世間は子供としてみなすことはないにもかかわらず、衣食住を両親に依存できると考えている。永遠の子供であると夢想しているし、両親もまたその幻想に酔っている。この酩酊状態がいつまで続くのであろうか。

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