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5年後の人生は決定されている

 

41 この原理の個人的生活への適用

 世界における万物が世界内存在の実体から流出した様態であるとするならば、世界における万物は必然的連関の内にある。この意味を個人的水準で考察すると、恐ろしい結論を導くことになる。すなわち、個人的水準においても自由意志あるいは裁量的行為ということが、無意味になるからである。

 たとえば、ある個人(20歳女性)を想定してみよう。この女性が18歳のとき、もう少し勉強していれば、もっと偏差値の高い大学に合格していたであろうと夢想することは、しばしばある。しかし、18歳のときには、そのような認識に到達することは不可能であったし、勉強できる環境にもなかったはずである。現に、今、そこにそのようある存在、現存在としての20歳の特定の女性は、それにいたる必然的連関の内にあるからだ。この思想をさらに敷衍すれば、5年後の25歳の現存在もまた、20歳から必然的連関のうちにある。もちろん、人間が有限であるかぎりその必然的連関を予想することは、不可能であろうが。

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