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世界の実体は、色?

まず、ライプニッツのモナドとして世界の実体を述べてみよう。モナドとは(一)という意味であり、不可分である。それは部分がなく、それ以上に分割不能である。それは微分法的な単位であり、本質を失わない最小の単純な単位であると定義されている。それは単一不可分の点的存在であり、拡がり、つまり面積を持たない。モナドは数学的点であり、モナドの本質は力である。それは、他に依拠しない実体の独立性を備えており、排他性を持つ。「どのモナドも異なる。なぜなら、完全に同一であり、内的差別もしくは内的規定に基づく差別を示さないような二つのものは、自然のなかにはない」(『モナド論』第九節)。ライプニッツはデカルト、スピノザと同様に、世界に実体が存在するとしている。

哲学的実体と日常意識的実体との差異

 ここで、ライプニッツ的実体だけではなく、大陸合理論的実体と日常意識としての世界の実体との区別が必要であろう。いままで、実体ということの説明として、日常的用語における実体との同一性において論述してきた。しかし、後者、たとえば、「世界は色と欲だ」とい言説は、それ自体哲学的実体ではない。なぜなら、色という概念は、それ自体として説明不可能であるからだ。色とは何か、に関して他の概念を援用しなければ、説明不可能である。モナドと比較すれば、それ以上に分割不可能なものでない。

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