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少子化とより良い生活の矛盾

自由の具体的事例として、自由概念をより良い生活を目指す自由として考えてみよう。人間の自然的被規定性を捨象して考えれば、個人の生活を向上させるという選択肢も可能であろう。そのためには、当該個人が生活水準の向上を目的にすれば、たとえば結婚を拒否すること、子供を生産しないこともその選択肢として妥当性を有するのであろう。

通常の若い男女が、とりわけ両親と同居している場合には、結婚して独立すればほぼ高い確率で、その生活水準は低下するであろう。両親と同居していれば、マンション、一戸建ての住居に居住し、その一室をあてがわれている場合が多いからだ。しかし、結婚すれば、通勤に不便でかつ木造アパートに居住しなければならない場合もある。そのような場合、結婚を拒否するという事態も想定できる。また、どのような生活をしている場合でも、子供が生まれれば、確実に生活費における自己の消費可能水準は低下する。

このように考えると、結婚せず、子供をうまないほうが、自己の自由をより拡大するであろう。しかし、生活水準の向上の目的とは何かということを問えば、このような考えには限度がないことになる。

たとえば、年に一度海外旅行に行くことを人生の目的にすれば、この目的が達成された場合、年に二度の海外旅行を目指すことになる。しかし、人間が自然的規定性を保持しているかぎり、限度があるからだ。にもかかわらず、若い男女は寄りよい生活を求めようとする。その目的は何か、もういちど考え直す必要があろう。

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