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一元化的思考ーー鉄道、郵便局、学校の統廃合

 近代社会は一元的思考に染まっているようである。地方分権という思想は思想の世界では流行しているが、現実は初期近代における一元的思考に基づき、構想されている。本ブログでは、この意味を鉄道、郵政民営化という事例に基づき、考察してきた。もはや、小学校唱歌で唄われた「線路は続くよ、どこまでも、野を越え、山越えて・・・」という世界は、失われて久しい。この20年間の国鉄民営化の歴史は、鉄道の廃止の歴史である。確かに、鉄道の収益性の高い、首都圏、関西圏、中部圏において新線の建設が見られる。しかし、地方においては線路の撤去の話題ばかりである。整備新幹線建設という名の国策のもとで、地方路線の第三セクター化が推進されるであろう。最近も第三セクターによって運営されてきたふるさと銀河線が廃止に追い込まれた。

 昨年は、郵便局が民営化された。その将来は、国鉄と同様な運命をたどるであろう。確かに、東京圏、京阪神圏、札幌圏等の中心的な町における郵便局の利便性は飛躍的に拡充するであろう。しかし、地方において国鉄の廃止と同様な運命を辿ることは、自明であろう。

 そして、今後、10年において小学校、中学校という基礎的教育の現場にも、この近代的合理性の波は、押し寄せるであろう。現在、三位一体という名のもとで推進されている合理化は、地方僻地の破壊を一層推進するであろう。

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