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我々式社会(日本)ーー政治主導による官僚主導の形成

 「我々式」という金日成政権によって構築された概念は、思想の歴史性とその地理的限定性の問題を浮上させた。その限定性において構築された概念が、なぜ普遍性を獲得するのか、あるいは獲得しようとするのか、という問題である。

 本邦においても、その概念は適用可能と考えている。我々式社会主義を嘲笑する日本の社会が、我々式民主主義あるいは我々式社会体制を採用していることに気がついていないからだ。

 その一つとして、我々の社会における官僚主導という言葉に着目してみよう。我々の社会において、旧社会主義に相似した官僚主導という社会体制がある。この官僚主導を現在、政治家主導に改変しようとしているが、現実には新たな官僚主導を創造しているだけである。各省の縄張りを廃棄するという尤もらしい言説の裏で、官邸を中心にする新たな官僚集団ができつつある。

 問題は、官僚主導という概念それ自体ではない。むしろ、どのような種類の官僚、端的言えば、馬鹿な官僚か、賢い官僚かである。莫迦な官僚によって主導された社会は、計画通りに馬鹿げた社会を創造するであろう。郵政民営化、平成の大合併等の官僚主導によって形成された社会は、地方、僻地という地域を衰退させようとしている。現在、格差社会を実現しようとする政策が実施されているが、その政策を地理的観点から考察すれば、地方破壊になる。このような我々式民主主義下による官僚主導によって、富、情報、人材等を中央に集中させようとする。しかし、その集中は他方で、地域社会そのものを破壊しようとしている。このような政策を実現させようとするのが、現在の官邸主導、新しい官僚によって設定された目的であろう。

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