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ネット上の討論会の企画

ある学会のある研究会に属する10人前後の人間が、特定の主題を決めて、討論する場所をネット上に設定しようとしている。この試みに賛意を表する。この討論会の参加者は、かなりの共通の認識的土台を持っている。このような議論する場所を設定することは、必要である。

現代社会において、理性的な議論する場所は、ほとんどどこにもない。「朝まで生テレビ」と言う番組には、その意図が感じられるが、声の大きい人間と傲慢な人間しか発言できない。一般的な学術的学会ですら、報告者の報告を聞いて、その一部に対して質問するだけの場所でしかない。その報告から学ぶことはできるが、ほとんど議論をした記憶がない。また、パネル討論も討論する内容と討論者が限られている。

 また、多くの教員が参加する教授会もまた、議論の場所ではない。ほとんどの大学において膨大な量の小委員会報告を拝聴する場所であり、最悪の場合、学長訓示をテレビ会議で見るだけの場合もある。

 特定の主題を決めて、討論する場所として、ネットは今や必要不可欠であろう。チャット、2チャンネル等は、議論の場所として成立する可能性を秘めているが、理性的討論にはまだ程遠いであろう。 いづれにしろ、この討論会が成立するならば、情報化時代における討論会として先駆的意義を有しているであろう。

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