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マス・メディアとガセネターー永田議員問題

リンク http://news.goo.ne.jp/news/reuters/kokusai/20060330/JAPAN-207998.html

リンク http://newsflash.nifty.com/search?action=1&func=2&article_id=ta__reuters_JAPAN-207998&csvname=394299221

ドイツにおける福祉団体の抗議http://www.diakonie-westfalen.de/

 先週、ドイツの雑誌記事において、同様な内容の記事が出版された。そのマス・メディアは、通常海外記事に関しては、ほとんど通信社の記事をそのまま配信している。もし、通信社がガセネタを配信し、それを金で買い、紙面に掲載した場合、だれが責任をとるのであろうか。もちろん、ガセネタを掲載した新聞社、雑誌社である。もし、責任を通信社に転嫁するのであれば、新聞社は永田議員の辞職を要求することはできない。彼もまた、ガセネタを信じてそのまま公表したにすぎないからである。

 しかし、通常のマス・メディアは、自ら取材する能力を喪失している。取材し、確かめそれを検証する能力のないマス・メディアは、マス・メディアと言えるであろうか。社会の木鐸と自称しているマス・メディアにとって、ガセネタをそのまま公表するのであれば、永田議員以下の存在でしかない。少なくとも、騙された永田議員を擁護しなければ、辻褄はあわない。

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売春婦が看護婦へ? ドイツ記事の受け売りとガセネタ

リンクhttp://news.goo.ne.jp/news/reuters/kokusai/20060330/JAPAN-207998.html

リンクhttp://newsflash.nifty.com/search?action=1&func=2&article_id=ta__reuters_JAPAN-207998&csvname=394299221

ドイツにおける福祉団体の抗議http://www.diakonie-westfalen.de/

 先週、ドイツの雑誌記事において、同様な内容の記事が出版された。その記事によれば、売春婦、暴力に関与した女性を労働市場、つまり看護婦等にしようとする試みである。しかし、本国ドイツの福祉団体、デイアコニーが、ドイツの週刊誌記事に対して異論を呈している。

 この抗議記事によれば、ここで問題になっているのは、現職の売春労働者ではなく、元売春婦である。売春労働者は、原則的には若い人によって構成されている。したがって、その更正プログラムが必要になる。また、若気の至りで、売春婦になったとしても、更生の意思を持てば、社会はそれに対応しなければならない。しかし、日本もドイツも同様であるが、元売春婦が大企業の秘書に採用されることは、ほとんどありえない。20,30歳代の前歴が問題になるからである。企業も、元売春婦を喜んで中途採用するであろうか。したがって、宗教団体、福祉団体(ドイツでは同一の概念である)が、このような前歴を持つ女性が社会的に更生する手段を提供しようとしている。現職売春婦がその特質(話術がうまい等)を生かして、看護婦になるのではない。看護婦(ドイツ語訳では、この訳がより実体を表している)、介護労働者になるためには、他の学生と同様に講義、実習等に参加しなければならない。現職売春婦の経験を生かして、看護婦になるのではない。社会参加を拒まれた人々を労働市場に再投入しようとする試みである。

 おそらく、この記事を書いた人間は、ドイツの雑誌等を読んでそのまま世界に配信したのであろう。なぜ、デイアコニー等に直接取材しなかたったのであろうか。また、この記事を掲載した日本のマス・メディアは、なぜ、直接的にこの福祉団体に確かめなかったのであろうか。ジャーナリストではない私ですら、この記事の背景にある福祉団体のホウムペイジくらいは、参照している。なぜ、このような作業をしないマス・メディアが、同類である永田議員の不注意を責めるのであろうか。同じ過ちではなかろうか。

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道路特定財源と鉄道建設ーー道路の鉄道への転用

 道路特定財源の一般財源への転換が議論されている。その深層には、旧田中派のよって牛耳られてきたこの分野への旧福田派=小泉派の浸透ということもあろう。しかし、論理的に考察すれば、この特定財源によって、道路は無限に建設されることになる。究極的には、国土すべてが道路になることになる。小泉首相の提案には、民意も賛意を表するであろう。本ブログでは、小泉改革のことをかなり批判的に書いてきたが、この点には必ずしも反対の論陣を張るつもりはない。

 しかし、この道路特定財源には、大きな可能性も論理的には伏在している。この財源は、実は道路建設だけではなく、鉄道にも転用可能であるからだ。この点は、おそらく国土交通省の官僚も平成12年くらいから、着目しているはずである。法律的には、道路の鉄道への転用は禁止されている。しかし、都道府県知事と国土交通大臣の承認があれば、可能である。道路建設の名目で道路を建設し、それを鉄道に転用すればよい。おそらく、この法律の適用は整備新幹線建設のために、準備されていたのであろう。しかし、本ブログでは、整備新幹線建設に伴う第三セクター化された鉄道の複線化工事に用いるできある、という提案をしたい。通常、新幹線建設によって、平行在来線は第三セクター化される。しかし、単線のままでは、収益も限られている。複線化することによって、鉄道の可能性は飛躍的に拡大するであろう。そのために、この道路の鉄道への転換を地方自治体と国土交通省は、模索すべきであろう。

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我々式社会(日本)ーー政治主導による官僚主導の形成

 「我々式」という金日成政権によって構築された概念は、思想の歴史性とその地理的限定性の問題を浮上させた。その限定性において構築された概念が、なぜ普遍性を獲得するのか、あるいは獲得しようとするのか、という問題である。

 本邦においても、その概念は適用可能と考えている。我々式社会主義を嘲笑する日本の社会が、我々式民主主義あるいは我々式社会体制を採用していることに気がついていないからだ。

 その一つとして、我々の社会における官僚主導という言葉に着目してみよう。我々の社会において、旧社会主義に相似した官僚主導という社会体制がある。この官僚主導を現在、政治家主導に改変しようとしているが、現実には新たな官僚主導を創造しているだけである。各省の縄張りを廃棄するという尤もらしい言説の裏で、官邸を中心にする新たな官僚集団ができつつある。

 問題は、官僚主導という概念それ自体ではない。むしろ、どのような種類の官僚、端的言えば、馬鹿な官僚か、賢い官僚かである。莫迦な官僚によって主導された社会は、計画通りに馬鹿げた社会を創造するであろう。郵政民営化、平成の大合併等の官僚主導によって形成された社会は、地方、僻地という地域を衰退させようとしている。現在、格差社会を実現しようとする政策が実施されているが、その政策を地理的観点から考察すれば、地方破壊になる。このような我々式民主主義下による官僚主導によって、富、情報、人材等を中央に集中させようとする。しかし、その集中は他方で、地域社会そのものを破壊しようとしている。このような政策を実現させようとするのが、現在の官邸主導、新しい官僚によって設定された目的であろう。

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「我々式民主主義」(合衆国)と思想史の問題

 今回の「我々式民主主義」と「我々式社会主義」の問題を考察することによって、改めて思想史の一般的問題が浮上してきた。それは、ある思想が問題になるためには、それが現実的な政治的、社会的権力と結びついてなければならないことである。我々式民主主義あるいは新自由主義が問題になるのは、それが現実的な支配的権力、すなわち合衆国や日本における政治権力によって採用されているからである。

 必ずしも、それが思想的に優れているとか問題性を孕んでいるとかは、ここでは問題にならない。著名な例として、マルクスとエンゲルスの思想が世界的に着目されたのは、この両者の思想が旧ソ連、東欧における国家的宗教の聖典になったからである。社会主義思想に限定しても、彼らだけが社会主義思想家であったわけではない。それ以外の無数の社会主義、共産主義思想家が存在していた。その偶然性に依拠することによって、ある特定の思想が世界的に認知されてゆく。

 おそらく、本邦において、19世紀ドイツにおけるカール・ナウヴェルクという思想家は、このような偶然性に支えられることはなかったし、今後もないであろう。にもかかわらず、その死後、百年以上経過した、極東において研究しようとしている研究者がいる。この研究者は、なぜ彼の思想に拘るのであろうか。考えなければならない問題であろう。

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我々式民主主義(アメリカ)と我々式社会主義(北朝鮮)、どちらが迷惑?

 我々式社会主義(北朝鮮)と我々式民主主義(アメリカ合州国)の同一性を論じる記事に対して反響があった。ここでは、我々式社会主義が世界制覇をするか否かを論じているのではない。我々式社会主義とは、朝鮮半島に限定された社会主義である。現実に、我々式民主主義がイラクにおいて数万人の人々を殺していることこそが問題である。この問題性を看過しているのが、日本の論壇である。世界レベルで考察すれば、我々式民主主義が多くの人を殺していることを問題にしているのであり、我々式社会主義を擁護しているのではない。両者は同じ水準にあり、現実的な国際政治においては、後者、つまりアメリカの独りよがりが、生活を破壊していることを問題にしているのである。後者のほうの害悪が、大きいと言っているにすぎない。

 我々式民主主義が特殊な民主主義であるにもかかわらず、普遍性を標榜していることが問題である。彼らは、その根拠であるその民主主義が、「我々式」であることを理解していない。

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ネット上の討論会の企画

ある学会のある研究会に属する10人前後の人間が、特定の主題を決めて、討論する場所をネット上に設定しようとしている。この試みに賛意を表する。この討論会の参加者は、かなりの共通の認識的土台を持っている。このような議論する場所を設定することは、必要である。

現代社会において、理性的な議論する場所は、ほとんどどこにもない。「朝まで生テレビ」と言う番組には、その意図が感じられるが、声の大きい人間と傲慢な人間しか発言できない。一般的な学術的学会ですら、報告者の報告を聞いて、その一部に対して質問するだけの場所でしかない。その報告から学ぶことはできるが、ほとんど議論をした記憶がない。また、パネル討論も討論する内容と討論者が限られている。

 また、多くの教員が参加する教授会もまた、議論の場所ではない。ほとんどの大学において膨大な量の小委員会報告を拝聴する場所であり、最悪の場合、学長訓示をテレビ会議で見るだけの場合もある。

 特定の主題を決めて、討論する場所として、ネットは今や必要不可欠であろう。チャット、2チャンネル等は、議論の場所として成立する可能性を秘めているが、理性的討論にはまだ程遠いであろう。 いづれにしろ、この討論会が成立するならば、情報化時代における討論会として先駆的意義を有しているであろう。

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「我々式民主主義」とアメリカ合衆国の傲慢

 「『我々式民主主義』と『我々式社会主義』――アメリカ合衆国と朝鮮民主主義人民共和国との同一性」という記事を昨日書いた。その趣旨は、悪の権化と思われている北朝鮮も、自称正義の体現者アメリカも同一の水準にあることを主張することであった。「我々式」という北朝鮮特有の言い回しが、アメリカの政治思想にも妥当することを主張することによって、その欺瞞性を明らかにすることが、昨日の記事の要点であった。

 本記事では、その差異性に言及してみよう。前者、すなわちアメリカ合衆国の民主主義の根本的欠陥は、その特殊性を認識していないことにある。自らが形成してきた理論、政治制度がすべて世界一であるという傲慢さがその理論形成の背後にある。その理論、思想、制度の背後には、膨大な歴史的背景があるにもかかわらず、それを無視し、その理論を世界規模に拡大しようとする。それが、世界に対して災いを引き起こしていることに無知である。果たして、歴史から自由な理論という存在が存立可能であろうか。その無知は世界の人々に対して、その存立基盤そのものを破壊する。

 それに対して、後者、すなわち朝鮮民主主義人民共和国の社会主義は民族的基盤を持ち、それが世界規模で拡大するはずであるという認識をほとんど、その首脳部は保持していない。その災いは朝鮮半島とその周辺に限定されている。少なくとも、西欧や東欧の国々にとって、北朝鮮という存在はほとんど思想的には無意味であろう。どのような社会主義的政策を採ろうとも、無関係である。

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「我々式民主主義」と「我々式社会主義」ーーアメリカ合衆国と朝鮮民主主義人民共和国との同一性

 北朝鮮が「我々式社会主義」という用語を頻用していることは知られている。ここでの社会主義は、西欧で発展した社会主義思想とは似ても似つかぬことを北朝鮮の指導部が気づいている。血の盟約を交わしているはずの中国とも異なっている。金氏一族が政権中枢を独占すべし、という結論は、マルクス、エンゲルスという東欧において古典的社会主義思想の創立者とされた人物の書物のどこにも書かれていないし、ロシアの社会主義、共産主義の文献からも、導出不可能なことであろう。

 また、アメリカ合州国の民主主義もまた、「我々式民主主義」でしかない。小選挙区制を基にした二大政党制が築く民主主義は、本来的民主主義とはほとんど関連しない民主主義であろう。もちろん、極東の馬鹿げた国の指導者、政治学会の主流派がこの制度を模範としたのは、10数年前のことであるが・・・。

 いずれにしろ、この「我々式社会主義」も、「我々式民主主義」もまた、世界の人々にとって害になったことは、周知である。この「我々式民主主義」の押し付けによって、少なくともイラク国民のうち、数万人が死亡し、数十万人が負傷しているはずである。

 もっとも、北朝鮮のほうが、世界にとって害悪をもたらしていないのかもしれない。少なくとも、北朝鮮指導部は、「我々式社会主義」が地球を覆うことを夢想してはいないからである。それは、せいぜい朝鮮半島に限定された思想でしかない。この点に北朝鮮指導部は気づいているからである。それに対して、アメリカ合衆国指導部は、「我々式民主主義」を世界に宣伝し、かつそれを現実化しようとしている。その点において、「我々式民主主義」は、世界にとって迷惑かぎりのないことである。

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近代の病理としての普遍主義ーーアメリカによるイラク侵略戦争

リンク: @nifty:NEWS@nifty:英軍撤収時期と治安権限移譲、来月からイラクと協議(読売新聞).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:米大統領イラクの宗派対立懸念(共同通信).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:イラク開戦3年、米では政策修正巡り激論(読売新聞).

アメリカ合衆国がイラク戦争侵略戦争を始めたきっかけは、イラク軍事政権打倒であった。確かにイラク=フセイン政権には、問題があった。人権弾圧、クルド人弾圧等とその政権運営には、アメリカの基準からすれば、問題があった。しかし、軍事政権、あるいは独裁政権はイラクに限定されない。北朝鮮は独裁政権であるし、拉致問題を含めた人権抑圧には、サダム・フセイン以上の歴史を持っている。

 にもかかず、アメリカ民主主義は北朝鮮を攻撃しようとしないし、初期サダムフセイン政権には、軍事的援助を与えている。また、アメリカ民主主義が、南ベトナム軍事政権を支持し、敗北したのは数十年前のことであった。アメリカ政権は、人権を普遍的には適用しようとしない。アメリカの国益、イラク侵略戦争の目的からすれば石油の安定的確保のために、普遍的人権を標榜しているにすぎない。人権抑圧で著名なチベットに対して、なぜ軍事侵攻しないのであろうか。

 限定された領域にのみ、普遍的原理を適用しようとし、結果的には他の領域には、この原理を適用しようとしない。このことは、たんなる御都合主義にとどめてはなららい。おそらく、近代自身が自己の原理、自由、平等、連帯を一定の限定された領域でしか適用できないことを知っているはずだからである。

 この問題は、最近の論点に関連させれば、男女平等という欺瞞につながるし、禁煙運動の欺瞞性にもつながるであろう。ただし、あまりに論点が拡大するので、今日はこの辺にしておこう。

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危機は好機、民主党メイル問題

リンク: @nifty:NEWS@nifty:鳩山氏「民主党は危険な状況」(共同通信).

 民主党がメイル問題で危機に陥っているようである。その意識はマスコミ、国民だけではなく、民主党の創立者の一人であり、現職幹事長である鳩山氏も同様な意識を持っている。しかし、危機は好機である。メイルがガセネタであれば、さっさと謝ればよかったし、入院という一昔前の政治家の手法をとることなく、正々堂々としていればよかった。ガセネタであることが判れば、ガセネタであると正直に発表すればよかったのである。過去のことを言っても始まらない。

 今後の課題は、ガセネタに基づいて質疑をおこなったことを逆手にとり、ガセネタに基づいて、イラク侵略戦争を支持した武部幹事長、小泉総理以下、自民党を攻撃すればよい。また、ガセネタに基づいて、ホリエモンを支持、義理の兄弟であると公表した武部氏を批判すればよい。

 ガセネタに基づく政治的行為は、永田氏だけでなく、永田町全体の問題である。肝心な点は、ガセネタに基づく情報によって、どれだけの政治的行為がなされたかに、かかっている。小泉総理はガセネタに基づいて、イラク国民3万人以上の殺害を支持した。永田氏は、高々公人の子弟の名誉を毀損したにすぎない。名誉毀損は謝ってすむ問題であろう。しかし、イラクで死んだ人命に対して、自民党の国会議員はどのように責任をとるつもりであろうか。あるいは郵政民営化によって、統廃合される郵便局に関連する地域全体に対して、どのような責任をとるのであろうか。

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ガセネタ議員辞職とガセネタ内閣総辞職ーー永田議員は、小泉内閣総辞職を要求せよ。

 今最も著名な国会議員は、永田議員であろう。もし、彼が公開討論会に出席すれば、多くのマスメディアが注目するであろう。そこで、提案である。永田議員はガセネタに基づく国会質疑によって辞任することを発表する。そして、イラク侵略戦争に関して、ガセネタ(イラクに大量破壊兵器が存在する)に基づき賛意を表明した小泉議員以下、この派兵に賛成をしたすべての国会議員の辞職を要求すればよいであろう。あるいは、逆でもよい。この自衛隊派遣に賛成した議員が辞職すれば、自分も辞めるといえばよい。また、彼らは、郵政民営化によって、地方、僻地の郵便局が統廃合さることはないということをしばし言ってきた。これもガセネタに基づく発言である。

 永田議員は侍である前に、政治家である。政治家であれば、自らの政治生命を絶つにこともまた、政治的行為でなければならない。その政治目的を達成できるのであれば、その政治的辞職もまた、後世に語りつがれるであろう。「ガセネタ解散」をすべきであろう。

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最悪の状況の仮定--永田議員と我々

 リンク: @nifty:NEWS@nifty:「大事なのは侍の心」渡部氏、永田議員辞職重ねて促す(読売新聞).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:永田議員は辞職検討を(共同通信).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:永田議員は自ら辞職望ましい、渡部国対委員長が示唆(読売新聞).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:渡部国対委員長「永田、腹切れ」…自民は警戒(夕刊フジ).

世の中には、最高の条件を仮定をして行為する人間と、最悪のことを仮定して行為する人間の二種類の人間がいるという。もちろん、後者、最悪の仮定をしているかぎり、失望もすくない。しかし、行為している人間には、状況を自らに都合のよいように仮定しがちである。行為しているかぎり、頭に血が上っているので、都合の悪い状況、情報は頭に入らない。ただ、ふと酒を飲んだり、煙草を一服しているときに、最悪のことが想定されることがある。煙草を一服と言う効用であろう。

 永田議員の場合も、問題になっているメイルがガセネタであるということをなぜ、念頭に置かなかったのであろうか。このメイルに基づく質問によって、知名度を上げることしか頭になかったのであおうか。しかし、ふと一人深夜に酒を飲んでいるときに、ガセネタであるという想定がうかばなかったのであろうか。あるいは、政策秘書も含めた討論において、そのような想定が浮かばなかったのであろうか。永田議員に聞いてみたい。

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永田議員の辞職と、民主党の墓穴

リンク: @nifty:NEWS@nifty:永田議員は辞職検討を(共同通信).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:永田議員は自ら辞職望ましい、渡部国対委員長が示唆(読売新聞).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:渡部国対委員長「永田、腹切れ」…自民は警戒(夕刊フジ).

 長老議員の一人として知られる元衆議院副議長、渡部氏が、永田議員の辞職を求めているという。しかし、野党の議員によって保持されている質問資料に錯誤が含まれていることは、しばしばある。また、与党の総裁、内閣総理大臣の答弁資料ですら、錯誤があることは当然である。まちがった資料に基づき、懲罰がかけられるのであれば、そこには理性的な討論の余地はなくなる。如何に世論が偏向しようと間違いがあるのが当然であるという前提のもとで、議論が遂行されるべきである。野党、与党とも相互に間違った資料に基づき、議論がなされているのだ。その前提を民主党という野党が自ら否定しようとしている。それは、理性的討論という議会制そのものの廃棄であろう。

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ガセネタと小泉純一郎

リンク: @nifty:NEWS@nifty:永田議員は辞職検討を(共同通信).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:渡部国対委員長「永田、腹切れ」…自民は警戒(夕刊フジ).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:永田議員は自ら辞職望ましい、渡部国対委員長が示唆(読売新聞).

民主党メイル問題によって、永田議員が衆議院懲罰にかけられようとしている。また、世論の多数もまた、この懲罰に賛意を表しているように見える。しかし、冷静に考えれば、このメイルで被害を蒙ったのは、幹事長とその一族数名でしかない。しかし、ガセネタということで問題になっていることを一般的に言えば、間違った情報に基づいてなされた政治的行為でしかない。

 しかし、小泉首相は、ガセネタ、つまり誤った情報によって、イラク侵略戦争を支持した。このガセネタによれば、イラクに大量破壊兵器が隠されていたということであった。この情報は現在では誤った情報=ガセネタであったことは、明らかであろう。このことによって、直接的には米英軍の砲弾によってではあるが、多くのイラク人の生命と財産が破壊された。このガセネタによる国際的な政治的行為に対して、小泉氏はどのような政治的責任をおうのであろうか。小泉氏の政治性責任と、永田氏の政治責任はどのようにことなるであろうか。

 どちらが本邦の政治にとって重大事件であったのであろうか。マスコミ各社も含めて聞いてみたい。

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同根の病理ーー苫小牧高校辞退と、オウム麻原被告次男の入学拒否

リンク: @nifty:NEWS@nifty:苫小牧高校辞退に意見さまざま(共同通信).

リンク: @nifty:NEWS@nifty:オウム松本被告二男も入学拒否=合格後に連絡、埼玉の私立中(時事通信).

 オウム真理教(現アレフ)教祖、麻原彰晃の次男が入学拒否されたことと、駒沢苫小牧高校の3年生が喫煙、飲酒によって苫小牧高校全体が社会的責任を負うというこの二つの事件は、同根である。前者の事件は、オウム真理教が犯した犯罪と、その思想を信じる(この教団指導者の子弟)個人を区別できないことに基づいている。後者の事件は、苫小牧高校に属する個人(3年生)が犯した罪(刑法犯ではない)と、組織全体との区別ができないことに基づいている。この二つの事件は、一般化して言えば、個人とその所属l集団との区別ができないこと、及び個人においても公的性格と、私的性格との両者を保持していることが理解できないことに基づいている。

 ここでは、苫小牧高校の事件に限定して述べてみよう。ここでは、高校3年生が卒業式の後で、飲酒、喫煙をしたことが事件の発端である。卒業式が修了すれば、その高校とは、縁がなくなる。たとえば、東京大学を卒業した学生の犯罪に対して、東京大学が責めを負うことはない。また、在学中であろうとも、その生徒の私的生活に対して干渉すべきでもないし、できない。この事件が正当であるとすうならば、高校、中学はその生徒の私的生活にも干渉しなければならない。しかし、そのことは不可能であり、かつ生徒の私的生活に干渉することは、私立学校という公益法人の範疇から逸脱している。個人の責任として処理すべき事柄である。

 なお、このような小さいことを報道すべきでもないし、そもそも事件化すべきでもない。ちなみに、日本の地方では、小さいときから飲酒の習慣はあったようである。そもそも、飲酒や喫煙の問題を社会問題として取り扱うことが、大人気ないであろう。現代の高校生にとって、喫煙以上のこと、覚醒剤、売春等が珍しいことではない。なぜ、覚醒剤を吸引した高校生のことは、報道されないのであろうか。高校生が喫煙すると報道し、覚醒剤を吸引すれば報道しないのであろうか。日本の報道機関の見識が問われている。もっとも、それは八百屋でイカの刺し身を注文するようなものであるが。

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オウム麻原被告次男の入学拒否の原因ーー思想の敗北

リンク: @nifty:NEWS@nifty:オウム松本被告二男も入学拒否=合格後に連絡、埼玉の私立中(時事通信).

 公的領域における思想、信条、門地等による差別が、この案件では侵害されている。公益法人=学校法人における両親の犯罪歴、思想等によって、本人の入学が取り消されている。このことは、公的領域と私的領域の峻別と近代の原理が侵犯されているのであるが、この侵犯は実は、人権派と言われる思想家、あるいは運動家によって侵犯されているからだ。私的領域においても、思想、信条、門地による差別は良くないと。この差別という用語が、私的領域に頻繁に出現することによって、私的領域と公的領域の区別という概念が曖昧になってしまった。

 たとえば、結婚において思想、信条、門地等は問題にしてはならないという言説が一世を風靡したことがあった。しかし、私的領域においてこれらは問題になる。ある男が、女の両親が公務員であることを知って、嫌いになることもある。その男が公務員全体に対して、憎悪しているのであれば、それも致し方がないであろう。にもかかわらず、婚姻が両性の合意に基づくということにのみ基づいて、それを差別という範疇に囲い込むと言う運動がかつてあった。このような思想上における私的領域と公的領域の区別が喪失したことによって、このような公的領域における差別が大手を振って現れている。 

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オウム麻原被告次男の入学拒否ーー公的生活と、私的生活の区別

リンク: @nifty:NEWS@nifty:オウム松本被告二男も入学拒否=合格後に連絡、埼玉の私立中(時事通信).

 オウム真理教教祖、麻原彰晃被告の次男が、私立中学への入学を拒否された。この問題は、近代社会の大原則たる公的生活における自由の制限である。もちろん、公的生活の領域が国家公務員の受験、あるいは国立高校、国立大学であれば、このような問題は絶対生じない。しかし、この問題は、私立中学という曖昧な領域において生じたことが、問題を複雑にしている。

 過日のブログで述べたように、私立中学は完全な私的領域ではない。たとえば、友人を選択するのは、どのような事情であれ、自己が選択できる。この案件においても、私立中学が家族形成のような完全な私的な領域に属していれば、私立中学の選択は正当化される。しかし、現代日本において、私立中学、つまり学校法人は公益法人として存立している。税金も公的な役割を担うことによって、優遇されている。もし、この中学がこのような差別をすのであれば、学校法人としてではなく、純粋の私的学校として存立すべきである。このような近代の原則すら理解できない学校は、何を教えるのであろうか。そのような社会の基本を理解できない教師が多くいる学校は、社会的にも問題が多いのであろう。

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オウム麻原被告次男の入学拒否ーーその違法性

リンク: @nifty:NEWS@nifty:オウム松本被告二男も入学拒否=合格後に連絡、埼玉の私立中(時事通信).

 麻原彰晃被告の家族が、私立春日部共栄中(埼玉県春日部市)への入学を拒否された。現代日本において、純粋な意味での私立学校は存在しない。多かれ少なかれ、私学振興財団から補助金を受けている(この学校がそうであると主張しているのではない)。また、学校法人は公益法人として税的優遇措置を受けている。もし、この学校が親の犯罪歴、宗教、思想等によって、ある学生の入学拒否をするのであれば、公益法人として優遇措置を返上し、かつ私学助成金を返上すべきである。もし、親の職業によって、入学が拒否されるのであれば、この学校は親の職業によって入学に際して、差別していたと言われても当然であろう。しかも、麻原被告は、まだ犯罪者と決定したわけでもないし、犯罪者と決定されても、その子弟の入学が、優遇されたり、冷遇されてはならない。

 もっとも、この学校は親の職業、思想等を入学基準にするのであれば、そのことを入学願書に書けばよい(このことも、明白な憲法違反であるが・・)。役人の子弟は、試験の得点換算に際して、5割増し、学校関係者の子弟は、10割増しとか書けば、どのような子弟が入学するのであろうか。あるいは、宗教関係者の子弟は、お断りするのであろうか。いつから、日本は公共的圏域において、自由を否定するようになったのであろうか。

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無能な永田議員と、そのメイル問題

リンク: @nifty:NEWS@nifty:永田議員の懲罰動議、速やかに結論の方針…衆院議運委(読売新聞).

 永田議員の辞職問題が世間を騒がしている。もちろん、本ブログでは、永田議員は議員辞職すべきではないとしている。国会質問の資料が問題になるならば、永田氏が依拠した資料ではなく、竹中大臣が依拠した資料ことそが、問題になるべきである。後者は、郵政民営化に際して、地方、とりわけ過疎地、僻地の郵便局の統廃合は行わないであろうとの見通しをしめしたからである。この資料こそが、国会で追求されるべきである。

 しかし、別の観点からすれば、このような偽メイルを信じた永田議員の政治的無能はここでも糾弾されるべきであろう。怪しい人間が出現するテレビドラマ、映画等において、どの場面を見ても、その怪しい人間が怪しいお金を受け取る場所は、料亭、あるいはホテルであるからだ。怪しい人間に献上する大金(レンガ=1000万円の束、数個)は、どの場面でも紙袋か、アタッシュケースに、入っている。それは、遠山の金さんの時代からそうである(尤も江戸時代には銀行振り込み制度はなかったが・・・)。通常、菓子折りに入った小判(現代ではおそらく、レンガ)が怪しい人間に手渡される。容易に国税庁、あるいは警察に証拠を残さないためである。銀行振り込みでは、容易に足が着くからであろう。

 このような映画、ドラマの場面は、おそらく日本人の脳裏に刷り込まれてる。にもかかわらず、なぜ、永田議員はこのような映画等を思い出さなかったのであろうか。この観点からすれば、おそらく彼には、懲罰という以前に、政治的無能というレッテルが貼られるべきである。このように、彼は自己の政治的無能性を謝罪するべきであろう。

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