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画一化社会と禁煙の蔓延

 現在、社会では、個性の尊重ということが叫ばれている。その背後には、個性の破壊という事態が進行しているからである。リクルートスーツという名の紺色の背広を着た学生でキャンパスはあふれている。そこでは、グレーの背広を着ることすら、憚られる。自己規制と学校就職課の指導の賜物である。リクルート活動から規制されたいる以上、個性を発揮することなど、不可能である。もちろん、労働者には、個性など必要としないのかもしれない。

 このような画一化された社会において、禁煙という表示が跋扈している。自動車の排気ガスにされされている場所で、禁煙という表示が堂々となされている。排気ガスを否応なく呼吸せざるえない場所で、煙草の副流煙をすうことが気になるらしい。そこでは、ご丁寧に健康増進法の施行のためと表示されている。この法律は食物における化学添加物が、主たるものであるにもかかわらずである。大きな悪は、見逃され、より小さな悪が社会的リンチの対象になる。そこでは、環境破壊の元凶を救済するために、小さな悪が生贄にされている。

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