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福祉と戦争ーー近視眼的思考

 現在、様々な分野で福祉の充実が叫ばれている。高齢者福祉、児童福祉等の分野で多くの改革が進行している。たとえば、児童手当は、小学生にも拡充される。収入制限も大幅に緩和されるようである。この福祉の充実という観点からすれば、如何なる政策であれ、それ自体を否定することはできない社会的雰囲気がある。少なくとも、社会国家において、福祉の廃止を綱領に掲げる政党は、存在しない。現在の福祉国家の受益者からの票を喪失することは、明らかだからである。

 しかし、社会国家という枠組を外して考察すれば、福祉を拡大しようとした、実際に拡大した人々は、社会的責任を負わねばならない可能性もある。現在から70年ほど前には、戦争を遂行した人間が、戦後「侵略戦争加担者」として断罪されたように。少なくとも、彼らは、80年前には、犯罪者でもなく、むしろ社会的英雄であった。国土防衛を遂行することは、少なくとも社会的に承認された行為であった。否、拍手喝采された事柄である。

 現在の福祉拡大主義者は、このような意識を持っているのであろうか。ある事柄には、つねに複数の側面を持っている。ちょうど、60年前の戦争が、国土防衛戦争であると同時に、侵略戦争であり、帝国主義戦争でもあったように。その一面だけを抽出して、その成否を論じるという愚考から解放されてもよい時期ではなかろうか。

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