« ニートと永遠性 | トップページ | ニートと負け犬ーー時間の有限性 »

ニートと賭博、あるいは司法試験

 ニートになる人は、一攫千金を目指していると過日の記事において指摘した。さらに、この一攫千金は、賭博者の心情と相似している。今は敗北しているが、明日には、勝つということを前提にしている。この賭博者の心理は、司法試験受験者の心情と似ている。司法試験は最難関の国家試験の一つとされている。その合格のためには、多くの受験者が20歳代の人生を賭けている。もちろん、在学中に合格する学生もいるが、その多くは大学卒業後、数年間、ほぼニートと同様な生活をしている場合もよく見聞きする。

 しかし、30歳、あるいは40歳を超えると問題は、複雑になる。その多くは、所得税免除という低収入に満足しなければならないからである。これらの受験生の多くは、名門大学の出身者であり、気位も高い。同窓会に行けば、年収数千万円の同級生もいるし、その多くは家族を養い、子供の話題に花が咲いている。にもかかわらず、高校生のバイトとほとんど変わらない収入しかないニート君は、その輪の中にはいることはない。

 しかも、40歳を超えると、就職もままならない。このような受験者は、いつかその途を断念しなければならないはずであるが、おそらく生涯受験するしか選択の幅はない。もちろん、50歳を超えて合格する場合もある。ちょうど、高校卒業後、10年以上予備校に通い、東大に入学するケイスに似ている。合格は喜ばしいが、大学に入学して何を学ぶつもりであろうか、という疑問が生じてくるからである。

 しかし、どこかにこの円環から抜け出る途もあったはずである。その選択をしなかった原因はどこにあったのであろうか。

|

« ニートと永遠性 | トップページ | ニートと負け犬ーー時間の有限性 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事