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ニートと就職、あるいは大学教員への途

 これまでのニートに関する論説は、ニートを否定的に考察していた。しかし、ニートが就ける職業が限られていたからである。しかし、ニートが簡単に、しかも一定の社会的承認を受ける道は、あるように思われる。その一つが大学教員への途である。

 一般に大学教員になるためには、大学だけでなく、大学院修士課程を修了しなければならない。さらに、この修士課程における競争を突破し、大学院博士課程を優秀な成績で終えなければならない。また、博士号を取得するためには、一般的学術書の水準を超えた博士論文を執筆することが要件と考えられている。そのためには、50歳前後まで、修行中という博士号取得者(所謂、オーバードクトル)がいる。彼らの生活様式は、ほとんどニートと変わらないか、あるいは生活の手段が両親から配偶者に移行している場合も多い。

 このような大学教員養成過程は、たとえば哲学、思想史、神学等の分野では珍しくない。これらの学会に行けば、40才代の研究者は小僧扱いである。英語、ドイツ語、フランス語だけではなく、ラテン語文献を読んで当然という学問分野もある。このような言語を習得するだけでも、少なくとも一朝一夕にできるものではない。

 しかし、大学教員のすべてが博士課程修了者ではない。おそらく、学問分野だけはなく、社会的分野においても、このような穴場はいくつもあるはずである。大学教員の世界ですら、このような途もあるから、社会にはこのような途は多々あるのであろう。

 ニート君、望みは捨てないでおこう。ただし、大学教員になるためであれば、最も困難な分野を選択する必要もない。安易な途を探索してはどうかという提案である。しかし、この安易な途をニート君が選択しないような気もする。あくまでも、狭き門を目指すのも人生の選択の一つであろうから。

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