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ニートと永遠性

 ニートとは、現在否定的評価が多いようである。しかし、ニートを広義のモラトリアム(青年期特有の職業等を決定しない期間)の一種と考えれば、人生の一時期にニートになることも必要かもしれない。また、中年以降になってもニート的な時間も必要になることもあろう。家業が倒産したり、突然退職金もなく、解雇されることもあるからである。

 しかし、問題はその期限が明確になっていないことにある。ニートとして存在している若者はいつまでニートを継続するのであろうか。その期限を自分、あるいは両親と明確にしておく必要があろう。そのかぎり、ニート的な生活をしながら、夢を追うということも許されるのも知れない。しかし、この時間を限定するという行為は、自分あるいは両親との約束であるかぎり、守られない可能性もある。ニート的生活が永遠になり、死ぬまで(本人、あるいは両親)までニートという途も残されている。それは本人もまた幻想のなかで生活することになる。永遠のニートが誕生する。

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