« ニートと負け犬ーー時間の有限性 | トップページ | 『毎日新聞』記事公表ーー地方破壊と新幹線 »

ニートと負け犬ーー完全性の追求

 昨日の記事で、ニートと負け犬(結婚しない男性と女性)が相似していることを指摘した。さらに、完全性を追求するという観点からも、両者は相似している。ニートは職につかない若者であるが、職業が社会からまったく喪失しているわけではない。低賃金労働、あるいは3K(キツイ、キタナイ、キケン)な労働は、慢性的な人手不足の状態にある。このような職に就くことは、彼らの誇りに反することである。理想とする職業、たとえばクリエイティブで高賃金な職だけが彼らにとって職業である。それ以外の労働は、彼らにとって労働ではない。しかし、どのような職業でも準備期間があり、そこでは彼らの理想に反することが常態化している。たとえば、画家のような芸術家は、期間の定めのない修行時代をほぼ例外なく、すごしている。そこでは、低賃金ですらなく、報酬はゼロである。いな、持ち出しのほうが多いであろう。そのような準備期間のことは彼らの思念にはなく、彼らの理想とする労働形式のみを想定している。

 また、負け犬もまた、完全な配偶者像を持っている。容姿、収入、社会的承認、家柄、性格等の観点から、そのすべてを満たす異性を求めている。確かに、広い世の中には、このような異性も存在しているかもしれない。しかし、このような完全な異性は、負け犬を選択することはない。このような完全性を追求することは無駄である。自分自身もまた、このような完全な人間ではないからである。世の中において完全性を見出すことは馬鹿げたことであろう。

|

« ニートと負け犬ーー時間の有限性 | トップページ | 『毎日新聞』記事公表ーー地方破壊と新幹線 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事