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移民と文化的思考

 現在、単純労働力が不足している。少子化の影響もあり、この数十年の間にこの問題は深刻化することが予想されている。財界の一部は、この不足を補うために移民を導入しようとしている。

 しかし、単純労働力であれ、あるいは複雑労働力であれ、移民を日本社会へと大量に受け入れることは、単なる経済学的観点からのみ考察されてはならない。確かに、経済学的観点からすれば、この移民政策は、企業の利潤を増大させるであろう。低賃金労働力が大量に労働力市場に導入されれば、それだけ企業の選択肢は明らかに増えるであろう。しかし、この問題は経済学的観点からのみ考察されてはならない。なぜなら、30歳前後の移民は、数十年たてば、高齢者になる。高齢者になれば、この移民を母国に召還することは不可能である。彼らを福祉政策の対象にしなければならない。また、この移民の子弟は、母国の文化的環境を保持したままで、母国語使用能力を喪失する。彼らの教育はどのようにすべきかも未だ、明確ではない。

 また、彼らの文化が日本の文化とどのように共存するのであろうか。共生という単純、かつ耳障りの良い概念でこの問題をかたづけてはならない。たとえば、彼らがイスラム教徒であり、一夫多妻制を保持したままである場合、日本の一夫一妻制と共存できるのであろうか。それとも、彼らに一夫一妻制を強制するのであろうか。ここでは、共生は強制へと変容している。

 このような文化的観点、社会福祉的観点から、この問題を考察しないかぎり、日本社会は大きな困難を抱えることになるであろう。ドイツ、フランス等の西欧での経験を参照しないかぎり、問題は残るであろう。短期的視野から、問題を考察してはならない。

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