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ニートと社会的承認

労働は、個人を社会へと参加させる重要な手段であるが、その社会という概念が身近な擬似共同体の構成員に限定されることになった。たとえば、中央政治は彼らの関心事ではない。それは国民にとってテレビのワイドショウの一齣でしかない。芸能人の恋愛と同程度の関心しか持ち得ない。

ニートにとって社会的承認とは、国民的水準において設定されたものではない。インターネットを通じて形成された人間関係が彼らにとって唯一の承認集団である。そこでは、あくまでも匿名化された名前を用いた集団内の承認である。生身の、本名での承認は必要とされていない。労働現場において、特殊な例外を除いて、本名で社会的承認を求めなければならない。しかし、インターネットにおいて匿名、あるいは偽名で容易に承認を得られる。したがって、親が労働している、あるいは両親の年金が高額であるかぎり、あえて労働による社会的承認を追求する必要はない。悠々自適な高齢者に似た生活、つまりニート的生活を心置きなくできる。労働を通じて、社会的承認と金銭を求める必要がさしあたりない場合、ニート的生活に満足するであろう。しかし、この生活が人生のどの段階まで許容可能であるかは、まだ確証されていない。

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