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ベルリン攻防戦と沖縄攻防戦

 

(本記事は、『ヒトラー最期の12日間』完結編から削除された、本邦とドイツとの戦争責任に関する差異を再編集したものである)。

  第三帝国末期のベルリン攻防戦は、本邦における沖縄攻防戦と似ている。すべての領土が占領されたわけではない。ベルリン攻防戦の時点で、すべてのドイツがソ連軍、あるいは英仏連合軍に支配されていたわけではない。まだ、ドイツ西部はドイツ軍の支配化にあった。そこにおいて敵軍との熾烈な攻防が展開された。本邦において、このベルリン攻防戦に比肩しうるのは、沖縄攻防戦であった。沖縄以外の本土は、空爆を受けていたが、完全占領下にあったわけではない。

ベルリン攻防戦と同様に、ここでも自発的な市民軍が形成されていた(ひめゆり部隊が有名である)。沖縄攻防戦においても、市民部隊が形成され、敵軍の進行を幾ばくか、阻止したはずである。そして、市民軍に参加した市民は、イデオロギー的側面が強く、敗北が決定的になると自殺した人が多かったようである。ベルリン攻防戦において、多くの若き市民防衛隊員が、わけも分からず自殺している。それは、ナチス高官の自殺に比べて明らかに犬死に近いものであった。それだけに、よりこのような若者の死は、感動を呼び覚ますものである。

この事例を現在問題になっている靖国神社参拝問題に当て嵌めるならば、このような一般市民の英霊は、英霊として奉られているのであろうか。この神社にA級戦犯が奉られるべきか否か、が議論されているが、このような問題は些少でしかない。本質は、偶然そこに居合わせていただけのために死んでいった市民の霊をどのように取り扱うべきかである。現在の靖国神社に関する議論は、その点が大きく欠落している。

ベルリン攻防戦において多くのナチス高官が自殺している。自殺したのは、ヒトラー、ゲッベルスだけではなく、多くの文官も自殺している。それに対して、A級戦犯となった将軍たちは、その多くが戦後を生きていた。本邦において、大東亜共栄圏の思想に対してゲッペルスと同様な責任を取った政治家はいたのであろうか。もちろん、強制的にその被害を蒙った旧満州国家住民のような悲劇は沢山あったが、そのような責任を取った(少なくとも死ななくてもよい状況下にあった)政治家、高級軍人はいたのであろうか。もちろん、死ねばよいという選択をここで主張しているのではない。しかし、人間が自ら作り上げた理念にどのように対処するのかが問われている。

 

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