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改革、小選挙区制、郵政民営化

改革というスローガンが跋扈している。ちょうど、15年前も、政治改革という熱狂が日本列島を覆っていた。その結果、小選挙区制度が導入され、少数政党がほぼ排除されてしまった。

今回の選挙においても、郵政民営化が焦点になり、それが社会的に承認された。その結果、「少数者」居住地域、すなわち過疎地から郵便局がなくなり、過疎地の政治的意思は看過されることになった。

この国の改革は、少数者の生きる場所を破壊することを目的にしている。そして、多数者は、その少数者を排除することに賛成している。自分は、いつまでも多数者であるかのように、振る舞っている。それは、幻影でしかない。

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レポート「書評論文」をアップしました

学生の書評論文をアップしました。主に1年生のレポートです。
ホームページの「レポート」からご覧下さい。
なお、それ以外のレポートについては、10月上旬までに順次アップしていきます。

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地方の自立、一極集中、郵政民営化

地方を衰退させようとする政策を国家が行っている。平成の大合併によって、多くの明治以来の伝統を保持していた「村」は、近隣の都市に併合されてしまった。

それによって、かっての「村」から、小学校、中学校が統合され、無くなるか減少するであろう。また、その地方都市ですら、県庁所在地へとその潜勢力を流出させている。

そのような文脈において、今回の郵政民営化が強行される。その目的は何であろうか。たんなる行政効率の向上だけではないように思われる。その背後に何があるのであろうか。

そのような国策の目的は何であろうか。「小さき者」は、最後の抵抗を企図するのであろうか。北朝鮮のような社会を形成しようとするのか。小さき者は、北朝鮮のように、それでも「大きなもの」への崇拝を強調するのか。

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党首、執行部の独裁、イエスマン、そして閉塞感

今度の選挙で、党首とその周辺で、すべてが決定されるという図式がみえてきた。これは、政権党だけの問題ではなく、すべての社会的領域において顕著である。

戦後の60年の改革と称して、社会の特定の集団のみが決定権を持ち、多くのそれ以外の人々はその決定に唯々諾々と従うしかないという改革が行なわれてきた。それは、「リーダーシップ」というそうである。

そして、多くの人々はそれに満足しているようである。そして、多くの人は、自分もまたその「決定者」に将来なれると思い込んでいる。それは、幻想である。

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リーダーシップ、独裁、郵政民営化

リーダーシップは、命令と同じです。今後、政権政党内部で何らかの主張をすることは、タブーになるでしょう。職業的政治家にとって、致命的です。

また、社会的にリ-ダーシップの名のもとで、言論の自由が侵犯されるでしょう。どの組織でも同じことが、生じるでしょう。もっとも、今でも、かなり少ないですが・・・・。

何かを主張する人間にとって、生き難い世の中になるでしょう。

そして、郵政民営化で明らかになったように、何か主張しようとする社会的基盤それ自体が消滅するでしょう。過疎地の郵便局を廃止してしまえば、鉄道線路撤去と同様に、その再建はほぼ絶望的です。

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国会、政党リンク集

□■ 国 会 ■□

衆議院     http://www.shugiin.go.jp/
参議院     http://www.sangiin.go.jp/

□■ 主 な 政 党 ■□

自由民主党       http://www.jimin.or.jp
民主党             http://www.dpj.or.jp/
社会民主党      http://www.sdp.or.jp/
日本共産党      http://www.jcp.or.jp
公明党            http://www.komei.or.jp

□■ 党 首 ・ 代 表 ■□

小泉純一郎(自民党) http://www.kantei.go.jp/jp/koizumiprofile/
岡田克也(民主党)    http://www.katsuya.net/
福島瑞穂(社民党)    http://www.mizuhoto.org/
志位和夫(共産党)    http://www.shii.gr.jp/
神崎武法(公明党)    http://www.kanzakitakenori.org/

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憲法改正、議員除名

今回の選挙の結果、憲法改正が衆議院で発議可能になった。
しかし、それだけではすまない。与党が3分の2を超えたことにより、議員の懲罰、つまり議員除名が可能になった。議員の些細な点をとりあげ、国民から選ばれた議員を懲罰可能になった。
もし与党議員で、この懲罰に反対すれば、今度は反対した議員がその対象になる。いじめに参加しなければ、自分がいじめられるという中学校で横行している「いじめ」が可能になった。しかも、憲法に則って、いじめられる。
この除名に関しては、どのような理由があろうとすべきではないと考えている。
第58条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする。

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一元的思考、選挙結果、そして郵政民営化

 今回の選挙において争点であった郵政民営化は、「官から民へ」というスローガンのもとで一元的に考えられてきた。しかし、このブログでも述べたように、郵政民営化の問題の本質は、、「官から民へ」という点にあったか、否かは疑わしい。郵政公社職員の身分が公務員に準じるべきか、否かが、その本質であったのであろうか。それ以外にも、「地方破壊の一環としての民営化」、あるいは「外資の影響力を排除するのか、否か」等の多種多様な論点があったはずである。

 このような一元的思考様式は、人間社会の持つ本質的多様性と矛盾している。この点は、論文の形式で再度思考してみようと考えている。

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地方破壊の社会的承認

今回の争点が郵政民営化であったことは、疑いえない。郵政民営化の様々な論点のうち、地方破壊がその中心になった。そして、地方破壊の推進が与党多数という選挙結果によって社会的に承認された。

今後、破壊された、破壊されようとする地方に喜んで住もうとする若い世代はすくなくなるであろう。地方は高齢化が進行し、盆暮れしか子供が見えない状況になるであろう。

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北海道新聞 記事掲載 2005年総選挙

本日、『北海道新聞』31面において、2005年総選挙に関する私のコメントが掲載されています。御笑覧のほど、お願いします。

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二大政党の均質化、争点なき選挙、そして地方破壊

昨日書いたような論点を民主党がなぜ提起しなかったのかは、疑問です。しかし、小選挙制導入によって、二大政党制を形成しようとしたのが、20-30年前の日本政治学会の主潮流でした。二大政党制において、均質化された政党が出現することは、予測されていました。その教科書どおりの結果になりました。最大野党と政権党との間に、最大の争点に関する差異が国民には不明瞭でした。

今後の日本政治における最大の争点は憲法改正です。憲法改正が制度上可能になります(自公あわせて三分の二以上の議席数獲得)。

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地方破壊、一極集中、そして郵政民営化

政権党によって提出された郵政民営化の問題は、「地方破壊=一極集中」という国鉄民営化以来の20年間の政治的潮流の一環として把握されるべきであろう。消費税導入と累進課税の緩和(高額所得者に対する減税)と同様に、国民の地域的、階層的な一部に富、情報、権力を集中させようとする新自由主義的政策の一環として把握されるべきであろう(新幹線新函館駅も札幌一極集中のための一環として把握されるべきであろう)。郵政民営化に限定すれば、「地方郵便局の廃止」「郵便貯金への民間金融機関の影響力の拡大(外資も含む)」という論点が、まさにそれに該当する。

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郵政民営化、衆院選挙結果、そして民主党の曖昧性

 今回の選挙における最大の問題点は、争点がなかったことでしょう。郵政民営化に対して、民主党は原則的には賛成しており、反対の論陣を張ったのが、社民党と共産党、そして自民党除名組でした(もちろん、自民党と民主党との間には、法案に対する微妙な差異はありましたが、選挙の争点としては国民に分かりにくいものでした)。民主党は争点を年金に移行させようとしましたが、それは無理です。あくまでも、与党が提出した争点での戦いを優先させるべきでした。

 しかし、民営化に関して多くの問題があったことは隠せません。ただし、この問題を野党有利な形で政治的争点にすることは、可能でした。今回の郵政民営化に際して、郵便貯金、郵便保険の対アメリカ市場開放という観点からすれば、郵貯と外資の関連問題は大きな政治的争点になる可能性を秘めいていたはずです。民営化とは、外資にも門戸を開放することですから。もちろん、この点は多くの識者も指摘していました(亀井氏、綿貫氏等)。この点を問題にしたのは、社民党と共産党、そして自民党除名組であり、民主党ではありませんでした。

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選挙

選挙に関して、政党、候補者によるブログ、ホウムペイジ更新が禁止されているようである。しかし、選挙公示期間ほど、国民が政治に関心を持つ時期はない。たとえ、選挙の終了後、関心を持ったとしても、選挙後は、国民は、選挙で選ばれたエリート間の論争を眺める主体でしかない。国民にとっては疎遠な現象として政治はあり続ける。

しかし、公示後において、新聞等における広告等はよく目にする。奇妙な事態である。

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争点

一般に、選挙の争点は、政権党が提出します。野党は、それに対して対案を提出します。その対案を有権者が判断します。事実上、野党の提案した争点は、社会的には、与党の提案した争点よりも、軽くなります。

政権党の争点に対して、野党はそれを批判するしかありません。しかし、その過程で争点自体のいかがわしさが露呈することもあります。逆に言えば、そのようにするしかないのです。

かつて、野党は、消費税導入という与党によって提出されて争点に対して、消費税そのものに反対しました。それは、与党が提出した争点に対して、明確な意思表示をしました。

その争点に対する明確性が、「山が動いた」という選挙結果をもたらしました。

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公務員削減と、郵政民営化は無関係

郵政民営化を主張する論拠として、公務員削減が挙げられる。しかし、郵政公社には、税金は投入されていない。公社職員は、郵便事業、郵便保険、郵便貯金による収益によって生活しているのであり、道路公団とは、異なる。道路は、税金によって作られるている。高速道路建設が凍結されることによって、多額の国家赤字が解消されるであろう。それに対して、郵便事業、たとえば封書の配達は利用者が郵便切手を購入することによって賄われている。

したがって、郵政事業を民営化しても、税金投入が減少するわけではない。もっと、別の事業を削減するべきであろう。

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地方破壊、自然災害、そして郵政民営化

今回の自然災害によって、多くの地方が破壊された。これらの地方は、実はその多くが行政区分としては、「市」に属しているが、その多くはかっての村であった。これらの地域では、もはや村役場はなくなっている。また、今回の平成の大合併によって、なくなろうとしている。

郵政民営化によって、公共的建物がまた一つ減少しようとしている。そのような地域に若者、とりわけ子供を持つ親が喜んで住もうと思うのであろうか。小学校は統廃合されて近所にはなく、中学校はそもそも遠く、バスでしか通えない。

自然によって破壊され、その上、郵政民営化によって、また地方は破壊されてゆく。行政がそれを推進している。

そして、近い将来、また、税金を投入して「地方の活性化」を推進するのであろう。町の要望に基づいたと称して。

このような脚本を、一体誰がかいたのであろうか。

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北海道新聞 記事掲載 郵政民営化

本日、2005年9月6日(火)、北海道新聞22面に、郵政民営化に関する記事において、私のコメントが掲載されました。御笑覧のほど、お願いします。

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義務教育国庫負担廃止と郵政民営化

現在、義務教育国庫負担の廃止が議論されている。
もしこれが現実化されると、過疎地の小中学校の教育水準は大都市の小中学校の教育水準に比べて極度に劣ることになる。
そして過疎地の小学校から生徒が大都市の小学校へ移動することになる。
過疎地の小中学校が廃れることになる。

さらに、郵政民営化により、過疎地の郵便局は徐々に減っていくことになる。
小学校がなくなり、郵便局がなくなる。このような過疎地に若い夫婦が喜んで住もうと思うのであろうか。
若い夫婦は大都市へと流れる。過疎地は老人しか住まない町になるであろう。
僻地が壊れていく。壊れた僻地をまた「町の活性化」と称して税金を投入するのであろうか。漫画ですらない。

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郵政民営化の本質は、3事業の分割である。国鉄民営化の本質が6地域会社への分割であったように。

郵政民営化の本質は、その分社化にある。郵便事業、郵便保険、郵便貯金の3事業を分割することに、その意義がある。

それは、国鉄民営化の本質が、6社(JR東日本、JR東海、JR西日本、JR北海道、JR四国、JR九州)への分割であるのと同様である。国鉄民営化の例で言えば、後の3社は、上場すらできない。特殊法人のままである。上場するための、利潤を確保できないからである。前3社は、上場基準を満たし、利潤を挙げている。しかし、それは経営者の手腕によるものではない。この3社は、それぞれ首都圏、東海道、関西圏という人口集積地域にあり、新幹線網を有しており、分社化以前から、利潤を挙げることが確実であった。

分社化すれば、経営的に立ちゆかなる部分がある。それがどのようになるのかは、予断を許さない。

民営化の本質は、その従業員の雇用形態でない。公務員形式であろうと、通常の民間労働者形式であろうと、それほど差異はない。

むしろ、事業を分割することによって、利潤の少ない部分に税金を投入する必要がある。(あるいは、その事業自体の廃止が必要になる)。分社化の問題点であろう。

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平成の大合併によって、僻地は存在しない。しかし、そこにはもはや若者は住まない。郵便局もなくなる。

これまで、山間部等を中心にした郵便局の廃棄問題を論じてきた。しかし、統計上は、この問題は現れることはないであろう。なぜなら、今回の平成の大合併によって、僻地とされてきた多くの町村が合併によって、大都市の一部になってしまったからである。

たとえば、侠客、国定忠治で有名な群馬県赤城村を例に取ろう。この村は、明治以来独立した行政区分であったが、今回の合併協議によって、渋川市になってしまう予定である。

そこでは、赤城村にあった郵便局の存廃は、渋川市における郵便局の総数の一つになってしまい、その数が今後統計上からは、問題にならなくなる。

僻地は行政区分上からは、消えてしまう。しかし、旧赤城村地区が実体としては消滅したわけではない。この地区が日本国における僻地として認定されなくなっただけである。

この地域における役場等の機能も徐々に縮小されるであろう。国家的意思として、過疎化を進展させる。その一環として郵政民営化もあるであろう。

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全国に郵便を運ぶことが重要ではなく、むしろ駐在所と同じく全国に郵便局があること、これが重要である。

現在、郵便事業の全国一律配達が議論されている。
しかし問題は、全国一律ではなく、むしろ全国津々浦々に郵便局が存在することである。
全国一律配達は実は簡単である。各地方の中央郵便局から車で配達すればいいのであるから。
しかしこのような効率重視の思想は問題である。
この思想によれば、全国に郵便局を配置する必要はまったくないのである。
この点を重視することによって、各地域の、とりわけ山間部の配達をしない郵便局は廃棄される。
しかし、このような思想は、地域社会を破壊するだけではなく、日本全国の二酸化炭素排出量を増大させることにもなる。
京都議定書はまたしてもこの点においても、破棄する結果につながるであろう。
地方破壊と環境破壊が同時に進行するであろう。

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