私、田村伊知朗は様々な規定を持っている。例えば、男、高齢者、年金生活者、北海道人等々、その規定は無限である。そのどれもが、田村伊知朗のある側面を表現している。しかし、研究者という限定性が、私を最高度に表現している。私は、20歳代前半で、大学院修士課程に入学し、その後、博士後期課程を修了し、博士学位を得た。その間、ベルリン・フンボルト大学に留学し、研究、研究論文そして研究書とは何かを習得した。その後、大学非常勤講師を経て、国立大学助教授、教授そして名誉教授になった。この経歴において重要な役割を果たした田村伊知朗の規定は、研究者という規定である。この半世紀間、常に研究者であったし、現在もそうである。
しかし、研究者であるという規定は、厳密に言えば、必ずしも明確ではない。理系研究者と文系研究者ではかなり違うし、博士学位がその要件であるわけではない。博士号を所持していない自称、研究者、大学教授は数多い。その経歴、例えば、教育行政経験者、ジャーナリストだけで大学教授になった人は、数多い。彼らもまた、世間からは研究者とみなされている。
ここで、研究者の本質を考えてみることも、冥途の旅の土産として一興であろう。しばらく、このブログにおいて考えてみたい。

